カウンセラーとして話したいこと令和元6・12以後

            令和元6月15~22 日   忘れる技術    精神科医岡野憲一郎先生執筆

    私は、すでに 岡野先生の著書を通読して、若干今回のようなPTSD(心的外傷後ストレス障害)

    については知識として有りましたし、パ-ソナリティ障害の女性、自閉症スペクトラムの青年等

   とのカウンセリングを通して、過去のつらい体験のフラッシュバックのことも、しばしば

    聞いていましたので、その時のことを想起して、この書の内容をリアルに感じとることが

   できます。この書の香山リカ先生の冒頭の「復刊に寄せて」の記事の中の岡野先生は

   「心の仕組みだけでなく、脳のしくみについてもふれながら、私たちの心の鍵、記憶について

    わかりやすく解説する」のご指摘は的を得ていると思います。

         200ぺ-ジあまりの先生の力作を、私なりに注目点を ピックアップして、以下のように

         進める方針です。

         第1章の忘れられない様々なケ-スについて

      外傷記憶、恨みの記憶、加害者としての罪悪感、罪責感、その他うつ病の特性

      強迫神経症、依存症など

       また、私自身としては、コ-チングの手法も必要に応じて導入します。

 

     1  忘れられない人々

     (1) 突然よみがえってくる「外傷記憶」

      これは、突然襲ってくる大地震、津波災害、残忍な殺傷事件後の心的外傷によるストレス

      障害(PTSDなど。この外傷記憶で一番の問題点として認識されたのは、精神的な傷つきを

      体験すると、心は後戻りできないような変化を起こしてしまうという事実とのことです。

      そして、最近話題になっている心の外傷に関する研究は、脳にもたらす影響をかなり具体的に

      解明してくれるとのこと。「外傷記録」を形成する仕組みがよりわかりやすく説明される

     ように なった。----この外傷の研究は事実上この記憶の性質を解明することでもあった

  といえるとのことです。著者は、『外傷記憶」は、がん細胞に似ていると。

      それは、心の隅に潜み、時々姿を現して色々と悪さをするのです。それに 比べると普通の

  記憶は  時間とともにうすれていきます(善玉の記憶)。それと対照的に、

  「外傷記憶」による障害は、  ここ30年ほどの間に理解が急速に 広まってきたとのこと。

  そのきっかけがベトナム戦争で

      前線から帰還したアメリカ兵が様々な症状をしめしたことによるとのことです。

      彼らの多くは戦地で死にさらされ、人が殺さるのを目のあたりにして精神的にぼろぼろに

      なって帰還した後「外傷記憶」がもとになって様々な症状を示したとのことです。

      1980年アメリカ精神医学会が、それに「PTSD」心的外傷後ストレス障害という呼び名を

       与えました。

       ▲脳をハイジャックする外傷記憶

       この外傷記憶には以下の特色があるとのことです。

      @ 意識的に思い出そうとしていないのに、フラッシュバックとして突然、非常にリアルに

         過去の感覚、衝撃がよみがえってくる。

        このことは、北区のNPOでカウンセリングをしていた時、学生時代や就職して間もない時に

       「どんぶり」にされていじめられたことを話してくれました。そんな衝撃に襲わると

        その苦痛に耐えきれなくなってリストカットをしていたそうです。

       A 本人はいつ思い出すかと不安で、常に びくびくしている。

       B 本人は思い出した時に備えて、ふだんから心を麻痺させてしまう傾向にある。

         (硬直化した自己防衛)

       C  思い出そうとしても必ず思い出せるわけではない。 

       D  普通の記憶のように徐々に薄れてはいかない。(強いしこり)

       さらに「外傷記憶」のもう一つの特徴は記憶に伴う感情が薄れないとのことです。

       何年か経過すると、「あの時はずいぶん悲しかった」という思い出だけになりますが

       外傷だと何年たってもまったく当時と同じ感情がよみがえるとのことです。

       この記事を読んでいてふと想起したのは、かって心理相談の研修のとき、講師の保健師が

       ある自殺未遂の青年につれそっ病院に行った時、彼の父も同伴で、とても怒っていたそう

       でした。しかし、その保健師は彼に向って一言「もうあなたは、一人で悩まなくても

   いいのよ」

       それを聞いて彼は感極まって泣き出したそうです。父親の気持ちも和らいだそうです。

       強い外傷のあるクライアントに対して、とても心に響く愛情のこもった

   エンパワメントと感じました。 

令和元 6月23~「忘れる技術」続1

     6月23~27  日「忘れる技術,」続1 忘れられないケ-ス(2)    決して消えない恨みの記憶

     ここのテ-マでは、強い反感を抱いていた私の父への反感を和らげていく経緯が出ています。

    上記の「外傷記憶」により忘れられない記憶が形成されますが、このほかにも,色々な状況で

    同じように「忘れられない記憶」が形成されることもあります。その典型として「恨み」が

   それに該当します。誰かに危害を加えられた時とか、人前で辱めを受けた場合などそれらの

    恨みは、一生ついてまわる可能性もあります。

    筆者は、まず今でも美談として語り伝えられている忠臣蔵をあげていますが、

    最近よくマスコミに出る家族の虐待などはとても痛々しく感じます。 

    傍観的態度で見ていることよりも身近に自分がつらい思いをして体験したことの方が人に

    よっては、今後の自分の生き方に少しでも 参考になればと思い決意しました。

    その決意のきっかけは、『日本メンタルヘルス協会」の衛藤信之先生の久しぶりに御目に

    かかった記事です。名古屋地区のセミナ-で御世話になったのが約20年前。

    色んなエピソ-ドを交えて分かりやすくとても興味がもてました。

   でも、ご家族の常識をはるかに逸脱したお話にはとても感銘を受けました。

   先生のお父さんは女性にだらしなくて 、確か5人も奥さんを変えた方で、その中には

   自殺した方もみえたとか。そんな家庭ではまともに子供が育つはずないのにと痛感しました。

   実は、私の父も世間体をつくろっても、建設会社の役員としてたとえ実績を上げようとも

  家庭のことをかえりみず、好きな女にうつつを抜かすダメおやじと思っていました。

   このような心は、通例の「恨み」とはずれますが、家族みんな強い反感を抱きストレスの

  温床でした。こんな恥をさらすきっかけは、衛藤先生の以下の記事です。

  先生が米国に在住されて勉学さていた時に感じられたこと、一番感じたことは、海外の人は

  『人目を気 にしない」。何をするにも『人にどう思わるか」を過剰に日本人は気にする傾向が

   あります。その結果何も言葉を伝えないから、「分かりにくい人。自信のない人」と周囲に

  思われて余計に周囲から浮いてしまう人がいます。人が不安になるのは『嫌われたくない

  「よく思われたい」が心のうちに隠れています。そんな根性で人様 のメンタルの仕事を

   するのは辞めてと言いたげなメッセージと直観しました。

   自己開示をためらう者にどうして悩む人の気持ちを傾聴できようかと。

       私は思春期に入ると父の不倫のことが次第にわかってきました。父は名古屋を中心にして

    活躍していた建築士の技術畑から東証一部上場のM建設会社に入社し高度成長期の中役員として

    活躍し、時折三河線の田舎町今の碧南に帰ってきましたが、いつも『俺がお前らを食わして

    やっている」と言わんばかりの傲慢な態度で、食事のときなど色々と母に文句を言って不機嫌

    丸出しの態度で親としての暖かさは殆ど感じませんでした。会社など世間体とは裏腹で

    家庭内を暗くする男でしてた。大学生の兄には文句は言いませんでしたが、弟の私に対しては

    母の教育がなってないような口ぶりに 対しては、不倫の女の方がわが子より大切かと言いたく

    なります。その上母方の兄弟のあの温厚な叔父さんの悪口までいって、その叔父さんが私と

    似ているなどと侮辱して私と母にストレスを与えていました。

    姉の話によると、私の幼少期で父が工務店を経営していた頃は、おかみさんとして 内助の功を

    発揮していたとのこと。母からも直接、やくざ風の作業員が怒鳴り込んできても、おじず

   その人に子供がいるとお菓子を包んで与えて気持ちをほぐしていたそうです。

   しかし、父 が建設会社の役員として活躍するようになると、こんな女のどこがいいのだと

   思いたくなるような水商売の女にうつつを抜かすダメおやじになっていったのです。  その反面

   母には冷淡になっていきました。でも昔堅気の母は、そんな不倫な 夫でも忍従して

   いましたが、私が大学生の時卒中で倒れ、その後は認知症になり、さらに直腸がんのため他界

   しました。葬儀の時、兄貴は泣いていましたが、私は人前で泣きませんが、一週間程一人で

   部屋にこもっていると、とても気の毒に思いずっと泣いていましたし、私だけと思いますが

  ある夜初めて『人魂」をみました。母のお別れの挨拶だったようです。

      存命中、母は、私が思春期にはいってもいつまでも『xxちゃん」と子供扱いされるので

   反発していましたが、どうしてもそうならざるを得なかった母の心理を思いやれなかったふがい

   なさを痛感しています。父は母のことをばかにしたような言い方をしていましたが、

  母には、父にはない長所がありました。近所に子供が多くて貧しい家庭にパンを焼いて届けていた

  ことも記憶しています。誰でもできることではありません。その他のことも。

  一方父は不倫なことに対しては、自責の気持ちも少しはあったかと思います。夏目漱石の小説に

   それに関係した小説を読んでいました。私は父の短所にばかり気をとられていましたが、

   その反面自分が大人になってからは、彼の長所が色々と分かってきました。よく勉強するし

  建築士らしく創造力が豊かで美術のセンスもかなりあることなど。冷淡で自己中の面もあるが

  ユ-モアを解する社交性もあって会社で活躍できたこともわかってきました。

  私が成人して社会人になってからは、わたしの長所も父は理解してくれていると感じたことも

  ありました。しかし、母の死後も不倫の女と同居し続ける父には許し難いものを感じ続けて

  いました 。そして現在てもこのことで私の心の奥底で葛藤が残存しています。

      最近ナラティブコ-チングの記事がネットで出ていたのに注目しました。

    このコ-チングでは、話し手が聴き手に向って、心に潜んでいる開示したくないことも

   オ-プンにすることで話し手、聴き手ともに感情に支できました配さず冷静に話したことを客観的

   理解するという外在化を目指しています。

   この記事を読んでいて衛藤先生のことを想起し、ためらっていた自分の家庭のことを

   オ-プンにすることができ感謝しています。                                                            

7月4~ 6日 忘れられないケ-ス(3) 過去にしばりつけられ、ある行為を繰り返す強迫神経症、

       7月4~6日  忘れられないケ-ス(3)  過去にしばりつけられ、ある行為を繰り返す強迫神経症

     この強迫神経症には私もちょっとしたことで思春期に一時期悩まされたことはがあります。

     そのことで、民間の催眠療法を受けましたが、うまくいきませんでしたが、名古屋総合

     リハビリテーション事業団の脳神経外科のM先生の診察を受けたとき、先生の「あなたの

     言っていることは分かります」この一ことがきっかけになって幸いこの症状から解放

     されました。    

     この症状は、何かが気になったり、不安を抱いたりして、一つの行為を繰り返す病気です。

     ある人の強い口調がきっかけでなりますが、著者はその例として、過剰な洗いの繰り返しは

     この病気の典型的な例とのこと。ひたすら歯磨きをしたり、何度もアルコ-ルで消毒する人。

     こういう人は『何々しなけばならない」などという気持ちが根強く、いくら繰り返しても

     不安感が消えません。--一分おきに鞄の中を確かめなければ気がすまないというよになれば

     強迫神経症といえるとのこと。この病気の患者もうつ病とは違った意味で過去にこだわりつづ

     けるとのこと。 彼らの場合は、人生がまさに過去の思い出にしばりつられてしまい、そこで 

     とまってしまっているかのような印象をうけるとのことですが、それは彼らがある種の

     完ぺきさを達成することなしには先に進めなくなってしまっているからとの指摘。

     そのために、彼らはしばりつけられた過去に由来する様々な行為、手洗い、歯磨き消毒

      戸締りの確認にこだわるようになると。

      それでは、何が起因してそんな症状に苦しめられるようになったのでしょうか?

      かって著者が駆け出しの精神科医の頃の体験談に大変興味を感じました。

                ▲手洗い強迫の蔵君の思い出

    著者が精神科医として駆け出しの頃、東京の下町の蔵君(仮名)の家に訪れたとき、まだ真冬の

    時なのに、彼ははだし、半ズボン、Tシャツで唖然と部屋の真中に 立ったまま。歳のころは

    20歳代後著者と同年でした。髭も剃らず、髪はざんばらの状態でした。

    彼の部屋には新聞がうずたかくつもり、いつもすえた匂いが漂っていたそうで、著者は仕方

    なく立ち話したとのこと。本人の日常のこと、著者の医師としての訓練のこと、世間話のこと

    など。歳も同じ、性格もどことなく似ていてお互い友達同士という雰囲気があったそうです。

     それまで医師不信だった彼が、母親の連れてきた著者の新米医師を受け入れたのはそのような

     理由があったからのようでした。彼との付き合いは留学までの4年間半続いたそうです。最初の

     出会いから20年以上。この彼を紹介するのは、彼が過去にすっかりとらわて、一歩も先に

    出らない状態だったからとのこと。

    彼の診断名は強迫神経症。詳しく言えば不潔恐怖症ないしは手洗い強迫の状態とのこと。

    彼は1日のかなりの時間を強迫的な手洗いに費やしていたそうで、---手が清潔になった

    きれになった、というすっきりした気分を求めて。----どうして蔵君は何時間も手を洗わなく

    ては気がすまないのでしょうか?  それは、本当に洗い落としたかったのは、実際の汚れではなく

    汚れてしまっている過去の記憶だからとのことでした。

                    ▲    人の意志も強制力もすべて汚いもの   

    著者が言うには、彼の人生が、現在進行形(目標に向かって進む)で進んでいたのは

   大学受験に失敗して浪人生活をはじめた頃までとのこと。

    都立の有名校に通っていた蔵君は比較的順調な受験生活でしたが、不潔を嫌い、手洗いを

   何度か繰り返すのは、思春期にはいってからあったそうで、それもほんの数分間で終わって

    いてたとのこと。その頃彼にとっては、汚いと 感じられるものは比較的具体的なものとのこと。

    性に興味があっても、具体的なものは汚いと感じられとか、嘘をいうと自分が不純に感じられた

    といった程度でした。彼は非常にまじめで、心優しい少年て゛、首尾よく大学に入ったら

    色々と学んで人生を開花させたはずなのに家庭問題がありました。

    彼の父親は教師で、人一倍教育熱心のため彼に名門大学に進学するように強要したそうで

    した。しかし、彼は父親の進める名門大学でなく、もっと偏差値が低くても、好みに合った

     大学を受験したかったそうで、仕方なく父の意向に従い、その結果失敗して浪人になったと。

     彼は自分が父の意向に従わされていることに腹を立て、それに反論できない自分にも、

     ふがいなさを感じそれが徐々に高じて言ったのでした。

    その失敗の結果として、かれにとっては時間は受験生の時に止まったままで、

    父の意思に沿い、その結果として起きた色々なことなどがすべて汚いものとしてとらえらていた

   との著者の解釈です。だから過去のことでも彼にとっては洗い終わらなければその先を

   進めなかったわけです。ですから彼の心の奥に潜む汚いと感じることの真相に 届く

   カウンセリングで、本人の苦痛を共感されることで、道が開かれると痛感しています。

   私の治療に当たってくださった先生の「あなたの言っていること=苦痛が分かる」もその例

  なのです。北区のある NPOで私がよくカウンセリングしていた20歳代のKさんがパソコンで

 エロサイトを見ていた時、スタッフに見つかって所長に通報され、叱責されていたのを見た

 私はその直後すぐカウンセリングをしました。彼はアスペルガ-と癲癇 (てんかん) の症状もあり、

  いつも頭ごなしにものをいう父親と時々殴り合いの喧嘩をしていました。

  叱責直後のとき、いつものように父のことを批判して、名古屋の野球の名門校の特進クラスに

  大学 受験のため父が勝手に入学させたそうで、 その結果午後6時まで勉強を強いられ

 まるで強制収容所に入れられたみたいで、勉強する意欲をなくしたそうです。

  入学直後のクラスで5番の成績がジェットコースターのように急降下した そうで病状も

  当然悪化していったと思いました。彼は素直な青年でしたが、父の意図に反して行動できない

 境遇で、家庭教育の改善なしには解決の糸口のない状況でした。     

7月14 ~15日 病気とわかってもらえない依存症

 

     7月14~ 15日   病気とわかってもらえない依存症

     前述の強迫神経症に類する 例として、パチンコ依存症と万引き依存症があります。

    ▲ パチンコ依存症

     この始まりは、名古屋市西区の浄心に住んでいた頃、高校生のとき兄に誘われて

     一寸試しにやってみてうまく入った時の快感を味わったのがきっかけで、大学を卒業して

    就職すると、ストレスがたまると、よくそれをやるようになりました。

    こんなギャンブルで自慢することもないのですが、実績は、若干利が乗っていた感じでした。

    ある程度やっているうちに、球の動き、肝心のゴ- ル穴に入らず、はねるなど変化を

    みて見極めをつけるコツを覚えていきました。台の裏方で傾斜を調整しているののかなあと

    勘ぐれるよになると、次第にあほらしくなってきましたし、自分の将来の指針が明確になるに

   つれて、こんなギャンブルで時間をロスするのはバカらしいと思いやめることができました。

        しかし依存症の人は、筆者によると我慢する生活は苦しい程で、一種の中毒症状といえる

     状態なのです。実際にかって、私が少し接したことのある人は、名古屋の高校では、一、二の

      名門校出身なのにうつ病になってしまって障害年金と臨時雇用の仕事の収入なのに、

      パチンコにはまって、すぐ使いこむ依存症でした。   著者は、このようなギャンブルや

     薬物依存症は、意志の力だけでは治せないと。脳によって体がその快感を忘れらないように

     なっているからとのことです。類似ななのは、万引き依存症です。こちらの症状は、女性が

     多く、私が30代の頃、名古屋郊外の高校で倫社を担当していた時のFさんという高2の女子が

     それをしたこと が発覚して驚きました。授業態度も悪くないし、課題ものレポ-トをもう一度

     ついさっき読んでみても、しっかり書いてあってどうしてそんなことをするのかと思わざるを

      得ません。

                         ▲ 万引き依存症

     この場合は、どんな動機でしたにせよ、触法行為ですので、初犯はともかく、繰り返せば

    当然実刑判決で相応の処罰が言い渡されます。その結果一時的には警察側などはもちろん

    身内側などからも色々と説諭されて反省することもあり得ますが、一旦釈放されて、店に

    入った途端、色んな商品の誘惑にかられ、衝動的欲求に負けて万引きしてしまいます。

    刑務所を出たその日にやつてしまうことだってあると

    昔はやった植木ひとしの「わかっちゃいるけど、やめらない」の繰り返しでは、本人の行動を

   抑制する側と本人とのイタチごっこになります。それで は、どうしたらよいでしょうか?

       今回の著書には、この万引き依存症の記事はありませんので、一寸調べてみますと

  犯罪を扱う担当者からとり調べても本心の深いところは口が堅くて言わないですし、医師をはじめ

  メンタル  の専門家にもそうではないかと思います。ですから彼ら万引き経験者同士の集会で

  自己の当時の心境を語ることで、他の経験者も警戒心を解いて話してくれるようになり

  かくされていた真実が開示される可能性もあるかと感じました。

  フィンランドに始まり、日本にも波及しつつある「オ-プンダイアログ」に似た印象を受けます。

  この対話方法は、日本の政治家諸氏も学んで頂きたいと思います。働き方改革など

  抽象的なお題目  を掲げたり、過去の実績を掲げて宣伝することよりも

  個々の国民の色んな直面する困りごと、悩みなどに親身になって傾聴する中から出てくる

  事柄を土台にした政策論争であってほしい。その中には、教育のことも大事な問題ですか゛

 これらを軽視して空虚な憲法問題に触れるのは的外れと思います。

 まずは「生存権」---人間として最低限度の生きる権利

  教育の世界で児童、生徒、保護者は満足していますか。

  していないとしたら、何が欠けていますか。その他色々 

2019年11月24日 公正取引委員会「クッキー」規制を検討 個人のネット履歴保護

   2019年11月24日 公正取引委員会「クッキー」規制を検討(10/29朝日新聞より)

  ウェブ上の利用者の閲覧記録する「クッキー」について公正取引委員会むは、利用者の

  同意なくして収集利用すれば独占禁止法違反になる恐れがあるとして規制する方向で

  検討に入った。この方針に対して経団連は「企業の多くに影響が出る」として猛反発

  している。この他別の朝日の記事では、入社試験を受けた社員の選考資料としてこのような

  クッキーを利用したこ閲覧資料をネット会社から入手して参考資料にしていることが出ていた。

  今頃になって公取委がクッキー利用による個人情報の収集に規制すること自体遅すぎると

  私は痛感します。それにしても経団連の反発声明にあきれてしまいます。

  私自身、「このクッキー」に対して怒りを感じています。ある大手のネット会社のサイト

  では、常にしつこくクッキ-の使用許可の丸印のOKのクリックを使用目的も知らせず

  せまられ、この会社のサイト導入マ−クを削除しました。

  個人情報の保護は会社側も、個人も基本的人権に関わる大事なことなのに

  分かっていて強要する傲慢な悪意(民法でいう)を感じます。  

令和元 11月30~ オ-プンダイアロ-グについて

   令和元 11月30~            オ-プンダイアロ-グについて(OD)

  

  1  オ-プンダイヤロ-グ(OD)の概略  

    対話の言葉 オ-プンダイアロ-グに学ぶ 問題解消のための対話の心得

    井庭 崇先生 長井雅史先生共著よりこのODについて本書より引用しながら

    コメントいたします。

    この用語は1980年代に開発された精神疾病に対する治療法です。北欧フィンランドの

    ユヴァスキュラ大学のヤ−コ・セイックラ教授らが中心になり、実践を通じた試行  

    錯誤を経て、対話による精神疾患の治療として確立したとのことです。

    当初フィンランドの西ラップランド地方、トルニオ市にあるケロプタス病院で始め

    られのが現在ではその信頼すべき成果から公的医療サ-ビスに組み込まれ、近年

    増々世界的に注目されるようになってきたのです。

    日本では医療の世界の上下の関係がきびしくて、患者、家族友人、医師等の専門家

    などが対等で対話するなどあり得ない話なのですが、この国でもいろんな抵抗を

    受けつつも、そのような対等な立場に立って対話する治療の仕組みが達成され

    ました。

    このODの特徴は、対話を中心としたミーティングにを重ねていくことで治療を

    積み重ねていくことにあると。入院や投薬などにより症状に対処しようとする

    アプローチとは異なり、丁寧な対話により精神疾患のもとになっているものに

    迫り、その問題を解消することを目指します。その過程では、医師が診断した結果

    に従って治療方針をきめるという一般スタイルでなく、患者本人のみならず家族や

    友人といった周囲にいる重要な人も交えて対話を重ねていき、対話を通して一人

    ひとの体験に光が当たり、お互いの体験が共有されていくことで根本にある問題が

    融解して共有し得る新たな理解が生まれ、治療に至るとのことです

           その他医師、臨床心理士等専門家も対話に加わって新たな理解を共有しあいます

    (私の独断かも知れませんが、職業、肩書、立場など異なると心底相互理解など

    とてもできないと思いますが、それを可能にするのは、この国にも根づいている

    キリスト教にも起因しているのではと思いますが--。)

    フィンランドのオ-プンダイアロ-グ最初による治療では、最初に相談を受けた

    専門家(医師、セラピストなど)が責任をもって治療チ-わ招集し、依頼を受けてから

    24時間以内に初回ミーティングを実施するというシステムで運用されていると。

    このなるべく早く開始するということが、患者が体験していることを症状を

    うまく表現するための言葉をもたらす対話につながっていくとのこと。

    (この患者の気持ちにそった心遣いに思いやりを感じます)

          そしてそのミーティングでは、すでに述べましたように、患者の家族、親族、友人等

    本人に関わる重要人物にも参加してもらいます。

    これは本人の症状、問題の原因を周囲の人たちに見だしたり、関係改善に介入する

    ためでないとしています。

    それと異なって、治療をもたらす多角的(ポリフォニック)な対話をともにしていく

    パ-トナーとしてミーティングに参加してもらうためにそうするとのこと。

    (参加者が様々な視点を共有し合うことなどがねらい) 

               参加するメンバーが集まったら、車座になって座り、本人たちが話したいことを

    中心としながら対話をします。専門家は話すことを決めてそれに沿って話を進めて

    いくのでなく、本人たちが話したいことを話し合っていけるような場をサポートする

    とのこと。「治療する人として」として特別な立場に立つのでなく、自らも対話の

    一参加者として関わります。今後の方針や治療計画なども、専門家のみで決める

    ことはせず、本人たちと共にミーティングの場で決めていくとのことです。 

    国連の障害者差別撤廃条約が批准されたころ、このような障害者主体の宣言が

    各国でなされ、nothing about us without us(障害者抜きで私たちのこと決めないで)

           との 言葉が彼等から叫ばれました。それよりずっと前にフィンランドで実行され

    ています。 (治療に関わるミーティングに参加された方々は患者さんも含めてその

    ご尽力はまさにノ-ベル賞に値しますね)

            なお、このODでは、精神疾患の症状はモノロ-グ的な認識、語りによって生じている

    と考えられています、(統合失調症患者の方など何かぶつぶつとと一人で言っています)

           そういう凝り固まった「しこり」のようなものがODでは「多角的」話し合いに

    よって融解し治療すると考えられているとのこと。

    色々の方々の温かい傾聴が継続してありますと、一対一のカウンセリングよりも

    さらなる効果が期待できそうですね。 

    このODの効果ですが、これに参加した統合失調患者と通常の治療を受けたその患者

    の比較によると再発率の低下や入院期間の短縮など治療成果が有意に異なるという

    結果がでていると。具体的には、西ラップランド地方の統合失調症患者の入院治療

    間は平均19日間短縮されたこと、2年間の予後調査で再発率が71%から24%に

    抑えられていることなどがあげられているとのことです。

    現在フィンランドでは公的な医療サ-ビスとして無料で受けられるほどの信頼をうる

    治療法になっているとのことです。 

           このオ-プンダイアロ-グの記事を少し訂正してyoutubeを見ていると丁度フィンランド

    のシベリウスのフィンランディアのコンサ−トを鑑賞できました。

    ロシアとの戦争に負けても気力を取り戻す意気込みが「静かに待てわがたまよ」の

    合唱の中に感じることができて感動しました。

 

12月12~13日 ギャンブル依存症治療に公的保険適用へ

 

  12月12~13日ギャンブル依存症治療に公的保険適用へ

  集団治療プログラムなど対象に(読売新聞オンラインが根拠)

     厚生労働省は11日カジノや競馬、パチンコといったギャンブルの依存症治療について

  来年度から公的医療保険の対象とする方針を固めた。

  同日開かれた中央社会保険医療協議会(厚労省の諮問機関)での議事を受け、同省は

  依存症患者に対する適切な医療体制の整備が急務と判断し国内では、カジノを

  含む総合型リゾート(IR)の開業を可能とするIR実施法が昨年7月に成立し、依存症

  対策が課題となっている。

  ギャンブル依存症は、精神疾患の一つ。WHOはギャンブルを頻繁に繰り返し、自分の

  社会、職業、家族的価値を損なうほどの生活を支配する障害を定義している。

  厚労省の調査によると、ギャンブル依存症の治療を受けた患者は年々増加しており、

  2017年度の外来患者数は3499人.治療を受けを受けていないていない潜在的患者も多く

  いるとみられ、17年の国立病院機構久里医療センター(神奈川)の研究班の調査では、

  依存症が疑われる成人は全国で約320万人に上るという推計も出ている。

  昨年7月ギャンブル依存症対策基本法が成立したが、現状では、ギャンブル依存に特化

  した治療に公的保険が適用されていない。厚労省は患者が数人か10人のグループで

  意見交換を行い、ギャンブルにのめりこんだきっかけや対処法などについて考える

  「集団治療プログラム」を保険の適用対象として想定している。

  (このような方法はそれなりに効果があり、互いに共感したり、自分にない体験も聞けたり

  して気づきに刺激される効果か゛期待できますが、フィンランドのオ-プンダイアロ-グと

  比較するとさらなる貴重な気づきが出でてくると思います)

     オ-プンダイアロ-グの場合、対話集団にまず障害者の家族、本人の友人、親類等の

  話し易い人々、医師、臨床心理士等の専門家が集まる集団カウンセリングで

  肩書、身分等に関係なく自由に対話する温かい集団の中で患者は、様々な視点から

  新たな気づきを与えられ、希望の光がさす中で生きる気力がわいてきます。

  集団治療プログラムは日本医療研究開発機構(AMED)の研究班が全国35の医療機関で患者

  187人に対して実施したところ、このプログラムを受けた人のほうがギャンブルをやめた

  割合が高かったという。(高かったのはどうしてかの説明がないのが気になります)

     ただし、この依存症の治療に公的保険の適用には反発が予想されるとのこと。

  ですから、治療プログラムを実施て、患者は、どんな心理的反応をしていたか、今後

  どのような治療改善をすべきかのしっかりした検討があってこそ、反発に対処できると

  私は考えます。11日の同協議会では保険適用に多くの委員が賛成する一方で、「依存症は

  自分の努力で回復すべきもの。安易に保険適用することで逆の方向(患者が増えるなど)

     に向かうかも知れない」などと慎重な検討を求める声も上がった。

  ◎かって植木等の「ス-ダラ節」、「分かっちゃいるけど止められない」が流行」しました。

  「やめられない」にしっかり寄り添って誰かが親身になって本人のつらい心の琴線

  に触れる愛情をもった傾聴が不可欠と思います。私がパチンコに凝っていたころ

  本当に対人関係でストレスが溜まっていましたが、私の愚痴を聞いて下さった良き先輩

  の存在が大きかったと思っています。  

12月15日介護の事業所の利用者に生け花、茶道を勧めること

 

  12月15日 介護の事業所の利用者に生け花、茶道を勧めること

  何となくネットを開いてみるとこれらのもたらす効果のことが出ていて興味を抱きました。

  茶道は全くやっていませんが、生け花は、このところやっていませんが、また近日にブログ

  に掲載します。

  認知症になっても、記憶障害の悪化防止のことも大切でして、これらのことを試みることは

  たとえ障害が出ていても、これらに再度試みることで、昔のことを思い出して、それらに

  挑むことは脳の働きに働きかけて記憶障害の悪化を防ぐこともでき、本人の生活の自信をとり

  戻すきっかけにもなるとのこと。女性に限らず男性にも勧めてみてはみてはいかがでしょうか?

     私自身は誰からも進められたことはありませんが、下手ながら、色んな花を活用してどのように

  空間を埋めていくか楽しいです。

  それから、ゴ-ヤなどを活かしたパスタ料理も色んな方とつくり試食することを歓迎します。

  私の教え子のIさん(男性)は今野球の強い名電の中等科で社会科を教えていて、私のパスタ 

  料理づくりの弟子入りしたいと言っています。落合務氏のパスタソースを活かしたパスタ麺に

  何を添えるのか、ここが想像力を発揮する大事なポイント、になります。

    まずは、パスタ麺を煮るとき、塩のを分量を加減して投入します。

  そのパスタ麺に添える野菜類の味付けとして○○シチュウとみそ汁を作るときのあじのもと

  を使うといい味になります。それからトマトに何をプラスするか、相棒はアボカド

  バナナもいいです。

   食事しながら今彼が解決に向かいたいことをじっくり聞きたいと思います。

  彼もそれを願っていますので。

12月18時西日本新聞の故中村医師の記事で、アフガニスタンに無職や引きこもりの青年を受け入れ指導された件

   12月18日 西日本新聞の故中村医師の記事で、アフガニスタンに無職や引きこもりの

         若者を受け入れ指導された件

    この新聞社の記者は現地で農業支援を続ける中村医師が無職や引きこもりの若者を受け

    入れていると聞いて話を伺ったとのこと。中村医師によると若者たちは、「自分探し」

    などのために現地に足を運び、井戸の掘削、水路の建設の仕事を手伝ってくれたという。

    貧しくて困っている人々を目の当たりにして「まるで人が変わったように生き生きと

    土を掘り、石を運ぶ」 その一方で首をかしげながらこんな話も打ち明けた。

    「日本に帰ると何故か輝きを失い、また前の状態に戻ってしまう人ですよ」と。

    「豊かさと引き換えに、日本は何か大切なものを失っていたのではないのではだろうか」

     2000年代初頭、職を求める若者たちにとって、日本は冬の時代と言えた。

     ◎私の印象 御多忙の中、中村医師は社会の底辺で自信を喪失していた若者たちに

     国際貢献の現場のきびしい困難な環境の中で、自己のやりがい、存在価値を

     戻したような印象がしてとても感動しました。

     しかし、その反面就職氷河期が過ぎても、私自身NPOでmental障害者の人々の

     支援活動を若干していて、中村医師のつぶやきに共感するものを感じます。

     あるパ-ソナリティの女性がNPO内は温室、その反面世間の自分らへの風当たりは強い。

     就職できても、健常者との交わりの困難さのことを言っていました。

     世間の企業、行政機関でも、非健常者に対する差別意識が依然として強く、障害者への

     差別撤廃条約を日本も批准していながら、実際は、意識改革の啓発の実践は遅れていると

     狭い視野からの私見ですがそう思っています。

     日進市の障害者の自立支援協議会でも、1人吃音のYさんが参加してみえましたが、

     通訳付きで、もっと仲間がいないと発言も困難でした。臨床心理士の女性のMさんも

     そう感じてみえました。

     こんな事実からも、斎藤環先生等の提唱される「オ-プンダイアロ-グ」の導入はほど遠い

     障害者支援後進国なのです。

    それからついでにもう一つ、今回の中村医師のことを紹介した 西日本新聞の

    「引きこもりの若者を支援する」と称してその親から数十万円を貯金から

     引き出させておきながら支援活動の痕跡もない詐欺業者(引き出し屋)が 活動しているとの

     警告もありましたので関係者の方々は十分ご注意ください。  

12月28日 東京都のある52歳の女性会社員からの朝日新聞への投書

 

  12月28~29 日 東京都のある52歳の女性会社員からの朝日新聞への投書

        「高齢者や障害者へ心を配ろう」

  私はタクシードライバー歴26年になります。先日、介護タクシーに乗務し、車いすの

  お客様の介助でデパートへいった時のこと。店内の通路が狭く、車いすがあると横を

  人が通れませんでした。そんな時、買い物客の視線が冷たいのです。邪魔者を見るような

  表情。にらみつける人もいます。エレベーターに乗ろうとすると、後から来た人が小走り

  で乗ってしまい、車椅子のスぺ-スがなくなってしまうこともあります。

    一般のタクシーを利用する高齢者や障害者のお客さんからも「駅のエレベーターは

  会社員風の人たちが急いて乗りこんでしまい、なかなか乗れない」「邪魔と突きとば

  されることもある」などと聞きます。悲しい気持ちになります。

     誰でも自分が経験したこと以外はわかりません。でも知ってもらいたいです。

   年をとっても身体が自由に動かなくても、おいしい物を食べに行きたい。

   お買い物に行きたい。高齢者や障害者を優しい気持ちで見守って欲しい。

   困っている人には声をかけて欲しい。

       ▲ 私の感想 

   この方の言われる通り、私は日本は障害者差別撤廃条約に批准しながら、この件に

   ついては、後進国と私は感じざるを得ません。とは言え私自身、29歳頃ある知人が

   春日井のコロニーに勤務していると聞いてから、その人がお世話する自閉症の

   子供さんらの実態、彼らの成長過程に関わる描画も見せて頂き、彼らがはじめ直線的な

   ただ書きなぐったようなものから曲線の丸みを帯びた絵を描くの中に成長の跡を知る

   ことなど聞いて感銘を受けました。これを機会に私の障害者への見方がかわるとそれを

   契機当時中学教師のわたしの偏差値教育の中の底辺生徒に対する見方も変わりました。

   教師が上から目線だけで指導するのみでなく、生徒(障害者も含めて)からも学ぶことを

   教えられました。

       本格的には教師を辞めて産業カウンセラー、コ-チング等の資格をとり、それらを活か

  して  NPOなどで実践してからです。その他視野を広げるのに「日進市自立支援協議会」

  にも委員に加えていただいて3回ほど質問しましたが、職安スタッフに「なぜ多くの

  障害者は折角就職しても、1年以内に離職する人が多いのは何故か」に対してわかりません

  とのこと。空いた口がふさがりません。でも微力ながらも障害者支援はいろんな活動を

  通して尽力するつもりです。

   一昨年私の家の近くの郵便局で用をすませて出たとき、ある初対面の青年に出会った

   瞬間、「頑張ってるね」と声をかけました。

   それに対して彼は、「私、障害者です」と言いました。「以心伝心」というのか

   日ごろ障害者の方々との交わりがありますので、初対面でも私を信頼してくれて

   自己開示したと痛感しました。