5月23日 病気知り対人訓練 統合失調症の早期治療 (朝日新聞より)

 

   5月23日 病気知り対人訓練 統合失調症の早期治療 (朝日新聞より)

   100人に1人がなると言われる統合失調症。薬物治療と同時に、施設に通いながら

   病気への対処方法を学んだり、対人関係の技能を訓練したりする試みが注目されている。

   発症から治療開始までの期間が治療効果を左右することも分かってきた。

        ▲ 薬と同時にディケア

   東京都内に住む50代の女性は6年前の夏の日が忘れられない。当時19歳の息子が何も

   言わず予備校のスケジュール表を破って捨てた後、寝てしまった。翌日も息子は起きて

   こない。起こすと、ぼっとした状態で食事をとり、再び寝てしまう。そんな状態が2カ月

   以上も続き、精神科の診療所を受診した。 うつ病の疑いで薬が処方されたが、効果は

   なかった。他人から見られていると感じて、人ごみが怖いという。その後、統合失調症

   と診断された。統合失調症の多くは10代から20代に発症する。幻覚や幻聴、意欲低下

   などの症状のほか「忘れやすい」などの認知機能などにも影響がでている。初期には

   うつ病と判別が難かしいこともある。

   これまでの治療は薬に偏りがちであった。男性は二年後、東邦大医療センタ−大森病院

  (東京)を紹介された。ここには、30歳代以下の統合失調症の患者の早期治療に特化した

   ディケア「イルボスコ」がある。イタリア語で「森」を意味する。認知機能の訓練や病気

   とのつきあい方、ストレス対処法といった心理教育を受け、料理やイベント準備などを

   通してコミュニケーション力をつける。

   作業療法士の田中友紀さんは「対人関係の技能は、実際に人と関わり合う中で練習して

   こそ上達する」と話す。施設の運営に関わる東邦大の水野雅文教授(精神神経医学)は

  「薬物だけでなく早期の包括的な治療が重要」と話す。この男性も抗精神病薬の服用を

   続けながら、週一回ディケアに通い始め、次第に毎日行けるようになった。当初は電車

   に乗れず、車で送ってもらっていたが「ヘッドホ−ンで音楽を聴くと他人の視線が

   気にならない」と仲間に教えられ、電車に乗れるようになった。毎朝起きられる

   ようにもなり、アルバイトも経験した。「病気とつきあいながら社会生活の

   幅を広げてくれれば」と母親は話す。

   こうしたディケアは、奈良県立医科大精神医療センタ−(橿原市)にもある。ただ運営

   には多くの人手が必要で、全国的にはまだ少ない。

   ◎ このディケアの効用はこの統合失調者に限らず他の症状のある人々にとっても

     励ましになります。実際に名古屋駅近くで定期的に開いています「低空飛行」に

     参加しているある対人恐怖症の青年が、仲間と交わりをしていると自然に

     その症状が癒されたと証言していました。

      ▲ 「発症後5年」が カギ

    統合失調症で行動の変化が急激に起こる「急性発症型」と、社会との関わりを次第に

    避けていく潜行発症型」がある。厚労省研究班が昨年発表した論文によると

   、潜行発症型は治療開始が遅れがちなことがわかった。発病開始から治療開始までの

    「未治療期間」は急性発症型の79人では、九カ月。潜行発症型の77人は平均2年

    10カ月に及んだ。潜行発症型では、未治療期間が 短いほど、認知機能の改善や

    社会生活への対応が良く、生活の質の満足度も高かった。

    研究をまとめた水野教授は、「発症から最初の年間に集中的に治療することが重要で

    未治療期間をどれだけ短くて゜きるかが課題」と話す。ただ、心の不調や行動に

    変化がみられても試験の失敗や失恋などによる一時的なものと思われがちだ。

    東京大学生相談ネットワ−ク本部の小池進介講師は(精神科)は「周囲の人が病気

    かも知れないと疑えば適切な診療に繋がる率が高まる」と指摘する。−−(中略)

    一方治療の中断も課題だ。国立精神・神経医療研究センタ−病院(東京)の

    中込和幸副院長は「初期には、薬の効果も高いが、副作用も大きいことが

    多い。自己判断で薬を中断して再発というバタ−ン繰り返してしまう人もいる」と

    話す。同院の統合失調症早期診断・診療センタ−では、初期の患者に時間をかけて

    説明を行い治療を続ける重要性を認識してもらうという。

    (瀬川茂子記者に感謝して)

    この記事を「低空飛行」に参加している人々にも紹介したいと思っています。



 4月15〜16日 共生社会の理解が深まっていくには 村田豊久先生執筆( 教育と医学より)

 

   4月15〜16日 共生社会の理解か゛深まっていくには  村田豊久先生 執筆

         (教育と医学 本年4月号より)

   この記事の表題の「共生社会」とは、障害者が積極的に健常者の社会に参加し、貢献する

   社会を意味します。平成26年1月20日に日本も「障害者の権利に関する条約を批准しました。

   この条約の署名から批准に向けた検討を進める中で障害者基本法が改正され、その趣旨を

   具体化する「障害を理由とする差別の解消に関する法律が制定され、一部を除いて、その施行は

   今年の4月1日より始まっています。 

           P1010020.JPG

            アルストロメリアの組合わせです

 

      ここでの「共生社会」については、村田先生は、働く人々については、世界に多大な影響を与え

   るアメリカの雇用統計が各国の為替や株式相場への影響に言及しています。 続いて

   働く人の数の統計が国の基本的政策と直結するのだから、就労を促す施策が大切とされる。

   雇用率が上がり、消費が増え、物価が上がり、景気がよくなるという好循環が生まれて初めて

   皆が幸福になる、という理屈である。しかし、ここでは、人が働くことの生きがいや、働くこと

   の意味は取り立てては考えない。経済をよくするためにはただ働けばよいのだ。

   しかし、障害をもつ人の就労支援の活動は、これとはかなり理念を異にしていると思う。

   障害をもつ人が抱く「働くことへの喜び」に共感し、障害をもつ人が働ける職場や社会環境を

   作り上げようとするのは、障害をもつ人も、もたない人も、一緒に同じ職場で、同じ仕事に従事

   することの大切さが認識されてきたからである。

   双方がお互いを理解し、尊敬し合う機会となり、そのような職場で初めて働くことの喜び、

   働くことの意味が本当に理解出来るようになると考えられたからである。

   ◎ この直近2行の言葉の「働くことの喜び」、「働くことの意味の理解」の主体は、健常者と

   障害者であるべきですが、後述の忘年会、花見の例をれば、障害者のみと捉えれるのが

   世間の実態と感じます。

    障害を持つ人の働きは、生産性や効率性ということでは障害のない人には及ばない。GDP

   の向上の向上にはさして貢献しないかも知れない。しかし、その尺度では測れないもっと

   大切なことが潜んでいる、との先生の指摘。不器用で少し能力が劣っている(私の修正)が、

   気を抜かず 常に一生懸命に根気よく働く人、いつもニコニコしてコツコツと仕事する人、

   不平をこぼすことなく単調な仕事にも自分なりにリズムを作ってやっている人、」

   そのような人々と一緒に仕事をして自分のそれまでの諸々の考えを修正した人は多いと。

   何故なら、障害者就労支援の仕事に携わって、色んな工夫を試み、長年にわたって努力して

   来られた方々は、自分たちが育て、職場に送り込んだ障害者が共生社会の実現に寄与して

   くれると信じたからである。

   ついで筆者は、目指す「共生社会」が直面する問題点に言及しています。

   改正障害者就労雇用促進法では、差別禁止指針が策定され、、就労時間、賃金、労働環境等

   数々の用件で差別がないようにと命じられた。 しかし、共生社会の理念に沿った仕事場は

   法律で定め難いところがある。「障害者が本当に安心し、楽しく働ける職場とは、賃金や

   労働条件がよいということよりも、皆が同じように接してくれるところである。」

   勤務規定が法に沿ってきちんと守られている職場でも、忘年会、花見、それに自由参加の

   職場の慰安旅行などには誘ってもらえないところが多いとの指摘があります。

   ◎ 「共生社会」に関する今回の記事を通読して私の思ったこと

   障害者の方々への差別の問題は、国連でそれの撤廃を目指す条約に日本も急遽それに関連

   した国内法を整え、批准したのは、100カ国をはるかに越えた後で先進国として恥ずかしい

   時期遅れに批准しています。今頃は観光の時節で、各国から訪れる観光客も増えています。

   しかし、この日本に生まれてきて良かったと何%の人が感じているでしょうか?

   特に将来の日本を担う若い方々は。未来への展望を考えていくと「本当に必要な教育」も

   なおざりにしていては、国政のこと、GDPのこと、福祉のこと、今回の共生社会のことも

   空しい「アドバルン」のPRでは、益々国民は悲観的になっていきます。共生社会」のことは

   地域社会と連携して公教育の場でも適宜カリキュラムにもとり入れて頂きたいと

   切望しています。

 4月8〜9日 認知症 私の思い世界へ 

 

    4月8〜9日 認知症 私の思い世界へ  4月5日朝日新聞より 

        国際会議組織委員会に参加の杉野さん「語ることが使命」

 来年4月、認知症について話し合う国際会議が京都市で開かれるとのこと。世界中から認知症の人

 その家族、医療や福祉の専門職、支援者が集まります。その運営を担う組織委員会の中に 

 認知症の本人である京都市の杉野文篤さん(62)が参加しているとのことです。認知症の人達の

 思いを世界に発信したい。杉野さんの挑戦が始まっているのです。

 この認知症の直近の記事にきましては、昨年の10月28〜29日の「認知症でも働けます」

  AERA 11月2日号で若年認知症のハンディを乗り越えて活躍している青山さんのことを紹介

 しました。 とかく「認知症」と聞くと「何もできない」 「こまったことをする」 

 「すべてを忘れる」などとレッテルを貼り、「お荷物」として扱われがちです。しかし、

 AERA 青山さんにしろ、今回の杉野さんでも、認知症でありながらも、そのような

 決めつけを払拭する存在として立派に社会的貢献のみか世界に向かって活躍されているのには、

 驚嘆の一語につきます。

    アルツハイマー病と杉野さんが診断されたのはね京都市にある種智院大学の事務長

 として働いていた2013年、59歳のときだった。まず漢字を書くのが難しくなった。

 パソコンの操作も徐々に厳しくなった。このままではいけないと、職場に伝えた。

 部下たちに助けられ、学長も辞めなくていいといってくれた。だが杉野さんは苦しんだ。

 学生数1500人規模の大学の事務方のトップ。

 このまま責任ある仕事は続けていいのか。でも辞めたところで、その先どうするのか。寝て

 いてもうなされるようになり、夜中に何度も目が覚めた。診断から1年後の60才。先の展望

 の描けないまま定年前に退職した。

          <不安も救いも>

  家に引きこもりがちな杉野さんを、妻の由美子さん(60)が若年認知症の人らの交流会

  「おれんじサロン」連れ出したのは退職の翌月。14年の4月のことだった。そこで

  「認知症の人と家族の会」の人達と出会った。さらにその場で評判を聞き、京都府宇治市

   にある府立洛南病院と出会う。

   14年6月、病院のテニスコ−トで週に1回のテニス教室に参加するようになる。−−−

   運動が苦手の杉野さんだが、テニスに夢中になる。−−−。認知症の人に優しい町を

   目指す宇治市の事業などに仲間と参加し、人前で話すようになった。不安と苦悩の中にいた

   自分達がどうやって救われたか、安心して過ごせる仲間と場所か゜できたことがいかに大き

   かったか−−−。「当事者の一人として発言していくことが、一つの使命だと考えるように

   なりました。私は、漢字が書けないが、言葉で自分の意見を表現することができます。」

   共に活動する洛南病院の森俊夫福院長は、多くの人が今も「認知症は川の向こう側で、自分

   たちはこちら側」というスタンスにあるという。そして「認知症は怖い」「認知症に

   なったら終わりだ」と考え、苦しむ。だが実際は、杉野さんのように明るい笑顔で生きる

   人達がいる。

    「本人の語りこそがイメ−ジを変える力になる」

    ◎上記の杉野さんと同じような障害を持った人々の集いを通して、自分たちの体験を

    話し合うことで、『安心して話せる仲間と居場所」を発見できた喜びが伝ってきます。

    今月も訪問する名古屋駅近くの「低空飛行」の引きこもりの集会でそのような体験と

    感働した喜びの声を聞いていますので。そこの参加者の中には、事業所で働けるように

    なった人々もいます。

           <歩み二人三脚> 

   講演などで考えを発表するとき、夫妻は二人三脚で文章を練り上げる。まずは、杉野さんが

   感じたことを日記に書く。漢字は難しいので、ひらがなか、カタカナで。メモ書きのような

   状態だ。次に二人で話し合い、由美子さんが構成して文章に起こしていく。

   「まるで仕事のよう」と杉野さんは笑う。

    来春の国際会議は、すべての分科会に認知症の本人が参加することを目指している。

    「僕はこうだった、と話すことはできる。でも100人いれば100通りの困難があって、

    一般化は難しい。だから、できるだけ沢山の方の困難と解決策を出し合って模索して

    いく。そのお手伝いをしていきたい。」

    ( とても認知症とは思えない立派な使命感です。)   十河朋子記者


4月2日 夫を除く妻と子5人が発達障害 平岡家の歩み  4月2日 朝日新聞より

 

  4月2日 夫を除く妻と子5人が発達障害  平岡家の歩み  朝日新聞より

       「でこぼこだって大丈夫」

  ここ数年障害者の方々と関わってきて、私がいつも感じていることは、たとえ一人でも障害者がいると

  本人と他の家族との亀裂は歴然して、孤独感にさいなまれて、学校生活でも、変わり者として

  いじめられたり色んな苦境に立たされ、社会人になっても、苦悶は続き、まさに四面楚歌の中で

  つらい思いをしている人々と接してきました。でもこの平岡さん(那覇市のコピライタ−)家庭には

  そんな心境を払拭している感じがします。まずは、各自を紹介する火星人の家族の漫画と現状の

  職業、身分を拝見していて、とても発達障害者の家族の暗さなど感じません。しかし、皆さんの

  障害者として自覚と努力が実を結んだからこそという印象がします。 

                            P1010016.JPG

                            日進市折戸町の桜満開

              発達障害者も適切な指導、治療により、この桜のように心が開花します

 

  なぜ当たり前のことができないんだ。−。那覇市のコピ−ライター平岡禎之さん(56)はかって

  よく子供を怒鳴って叱っていたといいます。妻と4人の子どもが発達障害で、得手不得手が凸凹。

  トラブル続きの家族は、「知ること」で大きく変わりました。

  平岡さんの家では、ホワイトボ−ドに、夕飯作り、皿洗いなどと書かれた磁石のシ−トがたくさん貼られ

  一つ終える度に裏返すと、「できた!」の文字が表れる。達成感を味わえる工夫だ。極端に忘れぼく、

  集中すると寝食も忘れる。家族の特性を様々な工夫でカバ−している。

        まさか我が子が>

  我が子に発達障害のむ可ゆ能性があることを知ったのは、6年前のことだ。次男の選矢さん(19)が

  通っていた中学校から呼び出された。他人の物を間違って持ち帰ったり、団体競技でパニックを

  起こし、学校を飛び出したり。同じころ小学校教師として働き始めた長女の愛さん(32)は、うつと

  診断され、休職を余儀なくされた。そんな時、教育委員会の指導員にもらった発達障害の冊子を

  読んで禎之さんは驚いた。4人の子供全員に当てはまった。「うちを観察して書いたんじゃないかと」。

  それまで発達障害の本を読んでも、まさかわが子に関わることとは思いもしなかった。

         20数年の子育てで不可解だった場面が走馬燈のように蘇った。保育園で手を洗い続けて、

  後ろに列をつくった長女。どんなになだめても、激しく夜泣きを続けた長男。けんかの直後に

  冗談を言うなど、気持ちの切り替えが早すぎる次女。叱られてもニヤニヤする次男。

  「分かるまで正座しろ」と怒鳴り、手をあげたこともあった。「だらしない、矯正しなければとおもって

  いました。」

  だが、障害の特性で、時間の感覚がつかみずらいことや感覚が過敏なこと、思ったことを言葉や

  態度でうまく表現できないことがあると知った。「困っていたのは、私でなく、子供自身だった。」

  申し訳なさで涙が止まらず3日間寝られなかった。

   一方妻の成子さん(52)は解放感を感じていた。自身も周りと同じようにできないことに苦しんで

  きた。「例えるなら、左利きなのに、右利きのふりをして、ばれないように常に緊張している感じ。

  その違和感に名前が与えられた。」 

 

                           < ほめて生活安定 >

  夫婦で猛勉強を始めた。子供を辛抱強く観察する。失敗を責めず、気づきを促す。

  家族会議で困りごとへの対処法を考える。子供の自己肯定感を高める行動療法だ。

  挨拶したり、机に向かったりするだけで褒めた。読み書きが苦手な選矢さんは、絵でみる参考書や

  文章に定規を当てて読む方法で勉強意欲がアップ。日程管理の苦手な愛さんは、平岡さんが

  一緒に予定を立て、生活が落ち着いた。ある日妻の成子さんが言った。「私たちは、普通の人と

  ものの感じ方が全然違う火星人ね。

  て゜も堂々と生きていればいいのよ。」そして平岡さんは、2013年から「沖縄タイムズ」で4こま

  漫画とエッセイ「うちの火星人」を連載。家族を動物に例え、イラストは、絵の得意な愛さんが

  担当する。地球に適応するため、頭には透明なヘルメット。連載を通し家庭でも互いの理解が

  深まった。平岡さんは話す。「気づくのは遅かったけれど、接し方を変え、環境を整えるだけで

  子供たちが自信をつけて変わった。失敗しても、笑って乗り越えられるように一緒に考えて

  いきたいですね。」 (前田育穂記者)

  ◎私の印象 教育委員会の指導員にもらった冊子を読んで「困っていたのは、親の自分で

   なく、子供達なのだ」という平岡さんの気づき(パラダイムシフト)が夫婦の発達障害に

   ついての猛勉強、、指導方針を転換して「子供たちに非があっても責めないで

   忍耐して「気づき」を待つ姿勢。家族会議で困り事への対処法を考える。

   これらの実践により、自信を伴う自己効力感へ成長を促す道が開けます。

   「一家総躍進」です。発達障害の子供さんのいる親御さんは、とかく世間に対して

   隠そうとします。でもこの平岡夫人のように常にばれないようにしていても、どうしても息苦しい

   でしょうし、学校の集団内では、他の生徒に見抜かれてしまいます。ですからまずは、家庭内で

   この事例で参考になりそうなことを少しずつ実践して少しでも子供さんの気持ちが楽になる

   家庭環境づくりが必要と私も考えます。(日頃家庭環境の改善が良い治療効果に関係すると

   考えていますので)

   それと並行して授業後のディサ−ビスとしの特別支援学級の利用も一策かと思います。 

   その他、障害のある子供さんのいる親御さんの集会も学ぶことが色々あると思います。

 

   

 

 

 

 

 

3月11〜12日「死にたいの理解と対応(1)国立精神・神経医療研究センタ−精神科医松本俊彦先生執筆

 

         3月11〜12日 「死にたい」の理解と対応 国立精神・神経医療研究センタ−

                                                                                         精神科医松本俊彦先生

           こころの科学 2016・3より 「死にたい」に現場で向き合う

                           P1010014.JPG

                            アルストロメリアとアヤメの組合わせです 少し鈍くさいですが

          はじめに 「死にたい」は自殺の危険因子

     松本先生は、自殺希求について次のように述べています。

     最初に断言しておきたい。「”死ね、死ね”という奴に限って死なない」という通説は迷信

              以外の何ものでもない。ケスラ−らの大規模疫学調査は、自殺念慮を抱いた者の34%は

             具体的な自殺の計画を立てており、自殺の計画を立てた者の72%は実際に自殺企図に及んで

             いたことを明らかにしている。つまり、自殺念慮を抱いたことのある者の25%が実際に

             自殺企図に及んだ経験があったわけである。そしていうまでもなく、この25%の 割合は、

            一般人口における自殺企図の経験率とは比較にならないほど高い数字だ。この事実だけでも、

            「死にたい」という発言や考えが、将来に於ける自殺リスクと密接に関連していることが

    分かるであろうと述べています。

     とは言え、精神科臨床の現場では、それとは事態としばしば遭遇するとのこと。

     たとえば、診察のたびに執拗に自殺念慮を訴えながらも、結局死ぬこともなく、何年間も

     外来通院を続けている患者がいると。その一方で、自殺念慮を一言も漏らさないまま、

     「青天の霹靂」のように自殺既遂に至ってしまう患者がいるとの指摘。

     これは、どういうことであろうか?おそらく前者の患者の場合患者の「死にたい」との訴えが

     援助者の注意を喚起することで、奇跡的に、それこそ首の一皮で踏み留まっていると考える

     べきであろうと。一方後者の場合は、決して自殺念慮がなかったわけでなく、語られ

     なかったために、援助者がそれに気づくことが出来ず、自殺へと至ってしまったのだ。

     ◎ 私もそのような悲しく、悔しい思いをしました。最初は、高2の女子生徒の作文から

     危機感を抱いていたのに、上手く対話できず救えなかったこと。もう一つは、昨年かなり

     アルコ−ルが入って床に寝込んでしまった若い女子。少し話をしたことがあり、その時は

     特別問題は 感じませんでしたが、この泥酔の時は、酔いがさめてから少し話を聞くと

     よかったのにと後悔しています。

     筆者は臨床面において防ぎ得なかった自殺の多くは、援助者がその「隠された自殺念慮」に

     気づかなかったことによって生じていると考えます。従って自殺予防という観点から

     何よりもまず、悩める人が胸に押し隠している自殺念慮に気づく必要があると。

    

         ▲ どうすれば「死にたい」に気づけるのか

     筆者は、「直接本人に問いかける」以外はないとのこと。しかし、それにもかかわらず、

     援助者は、しばしばその問いかけをしそびれる。多くの場合、無意識的に起こるとのこと。

     おそらく私たちの心のどこかに、自殺という重苦しい話題をさけ、患者が抱えている困難を

     「大丈夫、たいしたことじゃない」と過小視したい気持ちがあるのだろうと。

     実際松本先生も思いあたる経験があるとのこと。かって自殺したある男性患者を最後に

     診察したときのこと。先生はうまく言語化できないものの、ある種の違和感のような感触を

     覚えた。当時過去数年渋面しか見せなかった患者が、その日に限って不思議と何か悟った

     ような、吹っ切れた表情をしていたからだ。突然の変化に少しだけ胸騒ぎを覚えた

     とのこと。

     脳裏に「自殺?」という考えが一瞬だけよぎったのも、はっきりと記憶しているそうで、

     しかし、まさか」とすぐさま打消し、「次回も気になったら質問しよう」とみずから言い

     聞かせて診察を終えたとのこと。先生はその日、自殺に関する話を持ち出すのは唐突な

     気がしたし、「今日くらい彼を笑顔のまま帰したい」と思った−いやそうでない。正直に

     言うと自分が重苦しい話を避けたかったとのこと。彼が自ら命を絶ったのは、わずか二日後

     のことだったそうで、今でも先生は

     「あの時質問していれば−−−」と後悔の念に苛まれることがあるとのこと。

     もちろん、たとえ彼の自殺念慮に気づいてところで、その背景にある現実的な困難を

     解決することはできなかったかもしれないが、少なくても次の診察日には生きた彼を

     来院させることができた気がする。単なる時間稼ぎ、一時的な延命に過ぎなかった

     かも知れない。しかし、そんなささいな障壁が人の運命を180度変えることもある。

     その例としてかって私も訪れたことのあるサンフランシスコの金門橋のことが出ています。

     ここは自殺の名所としても有名 ですが警察も見張っていてよく自殺しようとする人を

     助けているそうで、警官によって 強制退去された人の追跡調査によると、その約9割は

     7年後も生存していたとのことです。

             精神病院に連れて行かれたのでなく、パトカーで自宅に送り届けられたにすぎないことです。

     先生は、「自殺念慮に気づくには質問しかない」と念を押しています。

     しかし、援助者のなかには、自殺念慮の質問をすることで、かえって患者の背中を押す

     のではとか、もっと精神状態を不安定にするのではと恐れる者もいる。でも専門家は

     口をそろえて質問しなければならないと強調するとのこと。それどころか、その質問が

     意思疎通の通路を開く契機になる場合もあると。        

        ◎ 私の考え 自殺念慮者と疑われる人に対して

     この場合は、躊躇なく質問すべしと専門家の見解として力説していますが、反発し

     口を閉ざす人もいると思います。「北風と太陽」の例話が示すように、本人の

     心に沿った冷静にして、質問する側の感じとった気持ち、相手を思いやる気持ちを

     伝えて反応をみることが大切と思います。これに関しては、次のブログで扱います。

     I left my  heart  in Sanfrancisco  をパソコンで入力して視聴をクリックすれば聴けます。



3月14〜15日 「死にたい」の理解と対応 (2)松本俊彦先生執筆

 

    3月14〜15日 「死にたい」の理解と対応 (2) 松本俊彦先生執筆


        ▲ 「死にたい」にどう向き合ったらよいか       

  自殺念慮の質問の意義を強調しても、質問に対して「死にたい」と回答したらどう対応したら

       よいか分からない援助者もいるとのこと。このような「死にたい」の回答に対しての

        筆者の見解は以下のとおりです。

  (1) そのような告白は誰でもよいわけでない

   本人は、誰彼かまわず告白するのでなく、「この人ならば理解してくれるかも知れない」と

   相手を選んでいることを受け止めるべきと言及しています。

   2) 告白には勇気がいる。

   筆者の見解として、援助者の多くが経験しているはずだが、自殺念慮の告白は、面接の

         終了間際或は、援助者の就業時間の終わり間近や、これから帰宅しようとするタイミング

         でなされる傾向があるとのこと。それに対して援助者の中には、この自殺念慮の訴えが

   ある種の悪意や操作的意図からなされているとの疑いを持つ人もいるとのこと。

   しかし、実際には、患者はずっと前からそのことを伝えようとしながらも、躊躇を

         繰り返していると筆者は指摘します。

         土壇場で後少しの時間しかない時になってやっと告白することを理解すべき

   こととして 、こういうパタ−ンを当たり前として理解した方がよいとアドバイスしてます。

   これら(1)、(2)の配慮は、自殺に直面している患者のこころに寄り添い信頼関係を

         築く上で不可欠と思います。

   (3) 告白は称賛に値する

   援助者の質問に対して、あるいは患者から自発的に「死にたい」という言葉が出てきた場合

   その訴えを軽視しないで真剣に向き合い、共感と支持、思いやり、そして支援を約束する

   姿勢が相手に伝わるべきだと、筆者は述べています。このような姿勢を知った患者の

   自己開示はさらに進みます。

   自殺を考えるに至った原因が何であれ、患者は自らが現在おかれている状況を恥じていたり

   人に告白しても、まともに向き合ってもらえないのではないかと思い込んだりする。

   従って、筆者は、「まず、正直に自殺念慮を告白してくれたことを称賛し、自分の気持ちを

   正直に語ることはよいことである」というメッセージを伝えるべきだろうと述べています。

   ◎確かに「告白した」ことの称賛は、本人の心に響きますが、更なる響きは、「本人の存在

   そのものの承認」だと思います。その例についてすでにブログで書きました当時失業中の

   53才の男性(北海道の高等専門学校を出て海外青年協力隊の経験もある)をある造園など

   公共事業事業をしている会社に紹介しましたが、現場の作業にうまくついていけず、

   たまりかねて私がたは注意しながら話ていても顔を伏せる有様。でも私が一言「あなたは

   高価尊い」(イザヤ書)について話ました。あたはダイヤのような輝く宝石でも。

        泥やほこりで輝きを失っている。自分はダイヤではないと言いつつも彼の自尊心を

        くすぐった言葉でした。

   がらっと態度が一変し、自分は職長のXさんのように的確に現場で作業をわりふりできる

   ようになりたいと自己開示しました。彼は、対人関係がうまくなく、周囲から

        将来を期待されていたのに、ボロボロになってしまった。とも語っていました。

   (4)  「自殺はいけない」はいけない

    筆者は、自殺念慮については、次のように戒めています。

    安易な励ましをしたり、闇雲な前進を唱えたりすべきでない。

    また、「残された人はどうするのだ」、「家族の身にもなってみろ」「死んではいけない」

    という叱責や批判。或は強引な説得も好ましいものではない。

    「自殺はいけない」と決めつけられた時点で、患者はもはや正直に自殺を念慮を

    語ることができなくなる。そうなると援助者は、自殺リスクの評価が困難となり、

     再企図を防ぐことは覚えつかなくなると。また、援助者の自分の信念、哲学、人生観

    思想、信仰等にもとづいて「いかに自殺はいけないかを説いたり、患者と「自殺の良い

    悪い」を議論することも、効果がないばかりか有害とのこと。(患者にとっては、援助者に

    自己の気持ちを受け取ってもらいながら自らの「生きること」 「死ぬこと」の間で

    葛藤しながら心の整理で苦悶している)

    ◎ このような葛藤している当人に対しての対応策としての平井孝男先生の提言

    「死」も選択肢一つとして本人に考えさせる方法もあるとのことです。

     これは認知行動療法でいう選択的適応に該当するものと思います。

    「死」を選んだらどんな長所、短所があるのか

     逆に「生きる」の場合はどうか 

     それらについてカウンセリングしながら本人の認知の修正へと導く方法です。

     自殺念慮とはいかないまでも、リストカットの常習者は、この手法を話した後に

     リスカツをやめてピアノを引くことで気を落ち着かせることができたと語ったことが

     あります。 





       

















 3月1日認知症徘徊事故、家族免責 最高裁「監督困難な場合」 共同通信より

 

    3月1日   認知症 徘徊事故 家族免責 最高裁 「監督困難な場合」  共同通信より

    認知症の男性が徘徊中に共和駅で電車にはねられ死亡した事故をめぐって、家族がJR東海

    への賠償責任を負うかと゛うかで争われた訴訟上告審の判決で、最高裁第三法廷

    (岡田喜代子裁判長)は、1日、「監督が容易な場合は賠償責任を負う)ケ−スがあるが、

    今回は困難だった」と判断し、家族に責任はないとしてJR東海の賠償請求を棄却した。

    下級審では、家族に賠償責任を負わせ、アホ裁判と不評の声が上がったが、納得のいく

    すっきりした判決の印象を私は感じました。河野和彦医師のように、「認知症は治る」と豪語する

    人もいますが、そんなに簡単には治らないと思われます。このことについてはブログで紹介

    しましたように、本人の過去の生活体験から来る心情を理解した心ずかいが患者の心を

    動かす例が出ていました。監視して子供のように「あれ、これしてはいけません」では、

    暴力を振るうこともあるわけです。 なんらかの一寸した課題を与えることで、徘徊も

    暴力を振るうこともなくなったことは何を意味するでしょうか。心身とも衰えても、本人の人格は

    残り、これが「尊厳を大切にする」ことにつながります。過日のNHKのテレビで認知症の人の

    日記が放映されました。認知症というと、頭がボケて、自己を顧みることなど不可能と

    考えがちです。しかし、驚いたことに、今のボケてしまった実態を悲しげに書いたのが放映され

    ました。これは、「自己の外在化」がある程度はできるということです。

 

 

 

 2月2〜3日 不登校 その1  小中で新たに6・5万人〈14年度) 20年前から倍増  

 

 2月2〜3日 不登校 その1  小中で新たに6・5万人(14年度)20年前から倍増  

                                                  

  朝日新聞より

   新たに不登校となる小中学生が増えている。比較できる文科省の調査をもとに朝日新聞が分析

  すると、1993年度の約3万3千人に対し、2014年度は約6万5千人だった。

  全小中学生に占める割合は、過去最高で、専門家は、従来の「不登校後」に加え、未然に防ぐ

  支援の必要性を訴えている。−−−−−−−文科省では、現在は心理的要因などで年間

  30日以上休んだ場合を不登校としている。93年度以降は不登校の内訳として「前年度から

  継続」の人数を公表している。子供の数が減る一方、新規不登校の人数は、90年代後半から

  6万人前後で推移している。小中学校に占める不登校の割合は、増加傾向にある。

  14年度の場合、全小中校は1012万736人。不登校は12万2902人で、

  6万5807人が「新規」となる。(なお「継続」は5万7095人)

  このような小中学生が不登校になった時期を学年別でみると、中学で急増していることが

  判明したとのこと。心身の成長期でもあるわけですが、

  自我が確立へ向かう過程の中で家庭、学校等で対人関係や進路のこと等で悩む時期です。

      (今回の不登校に関する記事では、本人の周りの教師や、クラスの仲間と関係、家庭内の

    親とのことなどに限定しているし、文科省側も、不登校の背後にある、もっと大切な

    今の受験体制の中で偏差値に偏り、学校側の管理体制の枠の中で生徒をはめこんで

    生徒の自発性を抑え込む管理教育の問題、には意図的に避けている気がして、

    腑に落ちないというか、納得しかねます。現職から退いてかなり過ぎているとは言え

    何が、根本的に生徒の心を歪め、自然な成長期の自発性を押さえつけているか

    ここにメスを入れないと、自殺など問題が起きても、”喉元過ぎれば暑さを忘れる”の

    ようにその時限りで「わざわいの根」は残っているのです。それと教師が自己の良心に

    基づいて、生徒指導をしないと自立した生徒は育ちません。教科指導、生活指導

    然り、管理職の顔色を気にして自己の保身のためにびくついていては、真の生徒との信頼

    関係は気づけないと今でも確信しています。)

        

        <  不登校  中学入ると急増  > 「行けなくなった自分責めた 」

   中学3年の女子生徒(15) は中学1年の時に学校に行けなくなり、今は週に1日通う。

   人をからかうクラスの雰囲気になじめないでいると、同級生に「気持ち悪い」と

   いじめられた。

   先生に相談しても、「いじめられる方にも原因があるのでは」と言われた。

   学校は、行かなきゃいけないところ」と思ったから一日しか休まなかった。

   でも次第に力が出なくなり、2学期から不登校に。父親(48)からは、

   「何で行かないんだ」と怒られた。そのうち、自分が我慢すればいい。

   「何でいけないの」と自分を責めるようになった。高校に進学したかったから

    焦りもあった。「頑張らなきゃ」。中2]k夏に登校したが

    勉強のブランク を感じ、先生や友人との関係にも疲れた。「学校に行く方法が

    知りたいんじゃない。気持ちを受け止めて欲しいの」。周囲の大人たちに

    否定されていると感じていた。

   (本人の孤独感がよく分かります。私も高2の時、あることで修学旅行を行き

    ませんでした。親も担任も何も言いませんでした。でも、友人のU君が

    どうして行かなかった?」と聞いてくれて心が癒されました。

    「まさかの時こそ真の友」を実感しました)

     週1日登校できるようになったのは、スク−ルカウンセラ−の存在が大きいという。

     教室とは別の部屋で30分から1時間半程話す。「よくきてくれたね」「そうだね」

     と言われるのがうれしい。何でも話せる。早く会えていたら、

     学校を休まなかったかも知れないと思う。

     ここの生徒の気持ちに親、兄弟、 教師、級友さらには、先輩などが

     共感してくれると心が楽になってさらに自己開示が進みます。

     スク−ルカウンセラーもこのような心境に

     なれれば幸いです。同級生、先輩のピアカウンセリングも効果があることも

     あります。特に、本人より先に同じようなことに遭遇し、それを乗り切った経験を

     もっいるとこのスク−ルカウンセリング以上の効果を発揮することだって

     あります。それから、彼女の父親の後悔。

     「口出しして意見を押し付けただけだった。悩み、焦っている娘に追い打ちを

      かけてしまった。今も葛藤があるが、娘の選択を見守りたい」。

      本人が聞いたら涙が出るほど喜ぶでしょう。このような親の気持ちが

      本人に伝わると、モチベーションはパワ−アップします。

2月4日   不登校 その2 子供の心に寄り添って

 

     2月4日 不登校 その2  子供の心に寄り添って (朝日新聞より)

                        精神科医 明橋 大二先生執筆

      


             P1010010.JPG

  どんな子供だって傷つき、つかれることがある。時として不登校になる。でも一旦、心が折れ

  ろうそくの火のように消えかかっても、疲れた心は、階段を上るように一歩ずつ力を回復する

  ことも出来るのです。  回復に向かう子供のために親達はどんなことに気をつければいいのか

  これから明橋先生の以下のアドバイスを参考にして回復されることを切望します。

       筆者は回復まで以下の5段階に分けて注意点について述べています。

    @ 沈黙の時期

  身体不調を訴えているが、学校へ行きたくない理由は言語化できない。

  学校に行きなさい」と叱責するのは禁物。子供は「お腹が痛くて学校へ行きたくない」

  などと 言葉でなく体の症状や行動でSOSを発信するとのことです。

  親としては、本人の体と心の休め時と受容することです。

     A 爆発の時期

  親に甘えてみたり、イライラして怒りが爆発して暴力を振るうこともある。甘えも親の

  愛情を試すとのこと。徹底して本人と付き合うことで信頼や自己肯定感に繋がる

  とのことです。 

   ( このような感情の発散を親が受容することで心が癒され、信頼関係に繋がる訳です。)

          B 言語化の時期

   感情の起伏は激しいが親との会話が成立し始める。

   自分で学校へ行かない理由が説明できるようになる。親は本人気持ちの受容に務め

   焦らず、登校をせかすようなことは慎むとのこと。

      C 信頼の時期 

   一転して親と話さなくなる。初めの不登校になり出した頃と似ていても信は頼関係が

        あるため本人が話したい時は、自分から話す。本人の言行を見守りながら意見を尊重し、

   共に将来に向けての色々な選択肢について考え、親からもアドバイスする。

   (この時期に私は、本人の状況を判断し、本人の了解を得て日記を書いてもらい

    それを読んで親の感想、アドバイスを伝えることも有意義と思います}

      D 回復の時期

   この時期こそただ休んだロスをとり返そうと焦るのでなく、カウンセラ−、担任等とも

   よく話しながら、気持ちの整理をすることは大事です。でもトラウマのようなものが

   心にこびりついている時は、臨床の専門家の治療も必要かと思います。

   また、休んでいて何か学び得たものを将来活かしていくことも大事かと思います。

     最後明橋先生のアドバイス

   学校に行けなくなったのは、心が休養をとるためで、休めば必ず元気になる。学校に行か

   なくても色々な道があるので、自分のぺ−スで進んで欲しい。

   (今年はフリ−スク−ルが公認され、そこで単位を修得すれば卒業資格が得られる

    のではないかと私は予想しています。)

    水島広子先生が指摘されているように。「すべての子供は、本人にあった環境で学ぶ」

    米国の例を引用して述べています。every child learns 

                                                           differently

 



 1月29日 甘利氏の不祥事について

 

    1月29日 甘利氏の不祥事について  

    

    今回の不祥事で辞任の挨拶を29日午前内閣府職員に対して次のようにしたとのこと。

    「皆さんにご迷惑をお掛けして申し訳ない」と謝罪した上で、「責任の取り方に対し、

            私なりの ’”やせ我慢の美学を通させて頂いた”」と。(ヤフ−ニュ−ス)

    この言葉に対して私は次の2点について強く感じました。

    @ 内閣府の人々にご迷惑の前に、国民に対する背信のことをどう考えているのか、

               知りたい。

    A 「やせ我慢の美学を通させて頂いた」の印象

     これを読んでいて、本人の品格を判断する材料になると直感しました。

     いやしくも、内閣府の職員を前にして、自己の違法行為を皮肉混じりの

             嫌味ぽい言葉で蔽い隠す心境が読み取れました。この人も、かってブログで

             紹介しました、米国の文化人類学者ル−ス・ベネディクトの「菊 と刀で述べている

             日本人の精神構造に 該当する」  と直感しました。この著書で、日本人の文化は

     恥の文化であって、罪の文化ではない」と。

     世間様に対してこんなことをして申し訳ないであって、罪の自覚はないという

     ことで゛す。

     今回の甘利氏への献金でも、100万円は、自分の方で適切に処理し、300万円は秘書が

     勝手に使ってしまった。(他の汚職事件でよく言い訳けで使われた逃げ口上です)

     どんなに政治資金規制法が改正されようと、ばれないようにすればよいという

     体質なのです。

     内閣の閣僚がこのような脱法行為を平然としていて、「法の支配」の基本ル−ルを

     無視しておいて、憲法改正を力説する資格はないと私は考えます。

     とはいえ、社労士も、エリを正すことが問われる事件が最近愛知県の社労士会で

     問題として取りあげています。今朝の新聞にも出ている通り

     ある社労士のブログが問題として処分を受けました。 その事件とは、「会社に

     たてつく社員をうつ病に罹患させる方法」をブログに書いて該当する企業の

     歓心を買おうとするものでした。   

     政治家も士業も金のために、倫理を逸脱する例です。私自身もかって

             そのような不正の罠にはまりそうな時がありましたが、良き先輩が注意を喚起して

            くれて誘惑に陥らずにすんだことがあります。社労士の先輩S氏が忠告として

            いったん違法なことに手を出すと、他の業者からも悪事を唆す

             依頼が来るしうわさが広まるとのことです。

       

 

 

 1月20〜21日 過剰適応という名の不適応 過剰適応は本当に「不適応」なのか

    1月20〜21日   過剰適応という名の不適応 過剰適応は本当に不適応なのか

                 富山大準教授 石津 憲一郎先生執筆 学校不適応の支援より

                 児童の心理 2016・2月号 臨時増刊  金子書房    

   私は、以前北区のあるNPOで、ある若いスタッフに依頼されて対人関係のコミュニケーション

   について小セミナ−を開いたことがあります。それにつきましては、ブログで述べました。

   その時「コミュニケ−ションの原点は、人も動物も刺激に対する反応である」と言いました。 

        人も動物も心地よい刺激に反応し、不快なそれは避ける傾向があります。

   しかし、人は、時として不快感があってがもストレスに負けず苦難を克服しようと努力したり

   或は、そこから脱しても、それまでの経験を活かして次゛のステップで希望の道が開ける

   こともあります。「不登校は脱落者の道」ばかりでなく、本人はそれまでの体験から学習して

   たとえ遠回りしても、 新たな適応の道が開けることだってあります。この筆者のアピ−ルの

   視点はここにあります。

              < 適応、不適応、過剰適応>

  適応について筆者が所属の学部で学生に尋ねてみると「大学生活を楽しんでいる人」

  「大学に目的意識をもって来ている人」、などの答えが返ってきたとのこと。

  確かに適応しているとは、ある個人が、主に生活する環境の中でうまくやっているとみなす

  ことができると述べています。その一方で学生からは、「サ−クルの人間関係はうまく

  いっているけれど、結構我慢していることも多くて、きつい」 という声が聞こえてくることも

  あるとか。ある環境でうまくやっていても、個人的にはストレスを感じることもあるようと

     のことてす。

  別の学生の話では、「アルバイト先の店長があまり仕事をしない。本人は自由にやっているし、

  仕事は楽しいといっているが、仕事をしないと周りから言われていることに気づいていない

     と思うと言う話もあった。本人はうまくやっていて、 自由に楽しんでいるようでも、

     周囲の評価はまり芳しくないこともあると。

  サ−クルで「結構我慢している」学生に、よく話しを聞くと、その活動は楽しいらしく、

     また前述の店長も自分なりに仕事を楽しめるという意味では、どちらも、それなりに

     適応しているようだ、と筆者はみています。 この適応に関して、筆者は、

   「おそらく適応は、”しているか、していないか”

  というデジタル的に割り切ること(黒か白かの二者択一)でなく、おおよそうまく

   いっている程度と 捉える方がよそさそうである」と。つまり、適応状態の中には、

   うまくいっていない部分(不適応)も含まれていてよい、ということになる。

 しかし、二者択一のデジタル的に捉えた場合、失敗やつまずきは許されず、個人の欲求や気持を

 押し殺しながら、求められる期待像に沿って行かねば適応にならなくなってしまう。

 一寸でもうまくいかないことが少しでもあれば、それは不適応や失敗ということになってしまう。 

 ここで取り上げていく過剰適応とは、まさにそうしたデジタル思考的に適応を捉え、自分にとって

 重要な他者(教師等)から求められる期待や要求に完全に近い形で従おうとすることである。

 それ故、強く求められる適応状態に、ほぼ完全に近づくために、個人は、自分の欲求や気持ちを

 抑えながら失敗せぬよう努力を続けていかなければならない。

 こうした適応様式(適応方略)は、過剰適応と呼ばれ、その適応様式をもつ子供の苦しみに

 焦点が当たってきた。(愛知の管理教育を推進している学校がその例です。私が勤務していた

 ある高校では、受験体制下で不適応症状で不登校になる生徒が学年で2,3名出ていました。)

       < 過剰適応の子供の苦しきとは>

 筆者は、過剰適応の苦しさに迫るため事例を挙げています。

 高校生のA男は、学校にいくことができず、引きこもるようになってしまったという理由で母親に

 筆者の相談室にやってきた。母親は、理由が分からず、困惑し半ば無理やり本人をつれてきた。

 しかし、本人は、特に話すことはないと、面接を拒否した。筆者としては、折角来たのだから、

  少しだけでも話しをしようと誘うと、「何のために学校に行かなければいけないのかわから

  なくなった」という。これまで、常に「しっかりしている」という理由で学級委員や部活の

    部長を務めてきたし、成績もキ−プしてきたが、それも面倒くさくなったとのこと。

    筆者に対して、警戒とも

 不信ともとれる態度で、援助や支援など期待していない雰囲気も滲み出ているようだった。

 それでも、何度か面接を繰り返していく中に、筆者が適応を押し付けない人物であること、

   無理やり何かをやらせようとはしないことが伝わっていったのか、少しずつ、彼の頭に

 「こびりついてしまっている考え」や、それまでのしんどさを教えて、くれるようになった。

 彼の頭に「こびりついている考えとは、「失敗はできない」というものと、

  「評価が落ちないようにやるからにはきちんとやらねばならない」というものだった。

   それ故、例えば学級委員で、一人でも 自分の考えに従ってくれないと強烈な不安に

   襲われるし、テストや課題一つをとっても、しっかりとやらねば先生や親からの評価が

  落ちると思い、いつも必死だったという。周囲からしっかりしている

 とみられていることは、嬉しかったが(同時に負担でもあったようだ)一寸でもうまく

   いかないことが重なったところで、どうしても学校から足が遠のいたという。 

 この事例からして、本当は、不安だったり、しんどさ(負担感)を感じていたりしたにも

   かかわらずそれを表に出さず、A男は、学校や期待されている姿に必死に応えようとして

   きたし、実際に応え続けることで「適応」しようとしていた。しかし、こうした過剰適応の

   スタイルは、不登校という形で崩壊していったと考えられる。(学校の期待に応えて、

   いい子の仮面をつけて演技していた悲愴な自己開示です) 

 1月22〜23日   続過剰適応という名の不適応

 

     1月22〜23 日 続 過剰適応という名の不適応

   

     <適応と不適応をめぐる諸問題> 適応するには過剰適応しなさい?

  筆者は、上記のA男の不安、つらさに対し、「私たち大人から見た場合、どう見る

  だろうか 」と問いかけています。

 

  これについて、筆者は「彼が適切な考え方ができないことや、適度に手を抜く能力が

     不足しているというアセスメントは理論的におおよそ正しい。しかし、そのことだけを

     不登校と  いう状態に起因させてよいのだろうか」と問題を投げかけています。

  それに対して筆者は、大人が会社で十分能力が発揮出来ない場合や、A男のような場合

  環境から求められる対処ができないと、個人のスキルや能力の問題にされがちになる。

  それぞれの場合に応えた努力も必要なのだが、「全てを個人のスキル、能力に還元

  させようとする(うまくいかないと、能力等のせいにする)考え方そのものが、

      過剰適応を生み出す土壌になていることも注意せねばならない」と警告しています。

  この過剰適応は、すでに述べたように、環境(社会、学校、重要な他者といった

      対人関係)から求められてくる枠割や姿に完全に従おうとすることであると述べて

  います。でも、そのような環境、苦難を伴う状況に対処するスキル、能力が不足して

  いるのにどんなに周囲の要請に応えようとして頑張っても空回りするというジレンマ

  に陥ってしまいます。

  自分の気持ちを抑制して、無感覚の状態で生きるしかない状態に追い詰められ、不登校に

  ならざるをえなくなると感じます。事実A男は、小学生から自分の気持ちを押し殺し

  できるだけ何も考えず、目標だけをみてやってきたとのこと。

       それに対して筆者は「人として湧き上がる自然な感情や、気持ちをなかったことに

  するのは余り無理がある。もし、完全にそれを達成しようとするならば、抑圧や解離

  という方略を用いるしかないのだ」と。情動の激しい思春期を考慮すれば、それは明白な

  こと思います。

  「抑圧、解離」とはまさに自分を殺すこと。かってあるメンタル障害の女性と

   カウンセリングしていたとき、この解離状態になると判断力がおかしくなって昼間

   寝間着のまま外に出ていたことがあったと言っていました。ですから過剰適応は

   メンタル不調のリスクを招きます。    

   続いて筆者は、「愚痴一つ、弱音をはけなかったA男が不安な気持ちや、しんどさを

   話せるプロセスそのものか゛、まずは第一の変化だと捉えることができる」と。

   ここでの変化とは、抑圧していた「自分」をとり返す時期到来のことです。

         <不適応からの成長>

   とはいえ、A男が自己開示し出したからといって、すぐ登校再開ではなく、勉強を

   始めるわけでもない。本を読んだり、ゲ−ムしたり、ゴロゴロしていた時間も

   しばらく続いたとのこと。

   筆者は、「登校を再開することだけが、適応ではない。エネルギ−を大きく消耗した

   子が再びそれを蓄えていく過程自体を再出発の一歩とみる必要がある」と。

   A男は、学校に行くことはできなかったが、家にずっといるのでなく、散歩したり、

   休日本屋にでかけるようになったとのこと。周囲の目が気になるので、自分のクラス

   に戻ることは困難だが相談室や保健室に来て、養護教諭や担任などと雑談したり、

   プリントをもらったりして学習も始めるようになった。彼の転機になったのは

   夏休み中に始めたアルバイトだった。

   クラスに戻ることは拒否むしたが、ずっと家にいるのでなく、知らない人たちが

   集まる場所に出ていきたいと話していた。両親からの了解を得た彼は、アルバイト先で、

   同年代の人達やパ−トのおばちゃんなど年長者などそれまで会うことがなかった

   人たちと出会うことになった。

   勉強して期待されるような進学先に向けて努力するという世界しかみてこなかった

   彼にとってこうした経験はそれまでの考え方をとわれる経験であり、とても貴重だった

   ようである。

   私の知り合いにも、管理教育で有名なT高校に進学したけれど強いアレルギー症状を

   起こし中退して6年引きこもったとのこと。しかし、弟さんと旅行に出たのが

   転機となりアルバイトしたり、自分と同じような体験をした仲間の集会のグル−プ

   ワ−クにも参加して経験を積みながら再出発し、今ではそのような経験を活かして

   若者支援事業団の理事として活躍しています。彼は、「6年の引きこもり期間は決して

   無駄でなかった」と語っています。

   なお、A男は、紆余曲折はあったが、最終的には転校という選択をとった。

   それまでの学校より偏差値の低い学校であったが、自分のぺ−スで学習を続け、

   大学へ進学したとのこと。 

   これについては、筆者が言うように、「クラスに戻ることなく転校したのだから、

   適応したとは言えないという意見がにもあるかも知れない。しかし筆者の言う

   ように「適応とは、個人と環境の相互作用から規定される以上、どのような環境が

   自分にマッチングし易いか考えていくのもまた適応なのである。

     −−−私たちも、どんな校風や職業が自分に向いているか、考えたことが

   あるはず。A男も自分が生きていく上で、どのような環境が適切なのかを考え、

   迷い、悩みながら進路を切り開いていった。

   これも適応であり、成長である」と。私も、このような自分が悩みつつも、主体的に

   選択したことに新たな適応による成長と評価します。

   最後に水島広子先生がブログで引用された次の米国の教育観に共感しました。

   EVERY CHILD LEARNS DIFFERENTLY。

   すべての子供は、その個性、特性に応じた環境学ぶ権利がある。このような意味と

   私は理解しています。

 1月10〜11 日これからの障害者雇用と就労支援(1) 大人の発達障害の理解と具体的支援

 

 

  1月10〜11日 これからの障害者雇用と就労支援(1)大人の発達障害の理解と

           具体的支援

          筑波大学 医学医療系 助教授 宇佐見 和哉先生

          ADHD (注意欠如多動性障害)とASD(自閉症スペクトラム障害)

          について

   私は、上記のテ−マについては、日進市内のNPO、名古屋市の引きこもりの集会と関係が

   あり、昨年8月からは日進市の障害者自立支援協議会の委員にも委嘱して頂き、この会議、

   および その傘下の就労部会でも、私なりその筋の具体的支援策についての提言も検討して

   います。 その趣旨からして今回の宇佐見先生の記事は参考になります。

   但し私自身は、このような障害者の問題も、大人になってからの就労だけで考えたり、

   逆に乳幼児とか、学童期といった限られたスパンて゛見ていくのででなく、

   「森をみて個々の木々、枝葉を観察する」という見方をしたいと考えます。

   先週金曜日に最近特に発達障害の特別支援学級に

   精力的に取り組んでいる市内の「あいあいの家」の雇用保険に関わる仕事をした後で、

   役員の方と長いスパンを見渡して対処していきましょうということで共通理解がもて、

   また、ここで指導している

   発達障害の子供さんがADHDの弱点をどのようなグル−プ指導で将来普通学級に

   はいっても他の生徒とうまくいくように対処しているのか話して頂き、現場を

   観察したくなりました。

   以下に筆者の記事を紹介します。

        P1010006.JPG

        葉牡丹に季節はずれの彼岸花を組み合わせてみました

  1 大人の発達障害への具体的対応

     筆者は、次のような事例の問題提示をしています。

 入職1年目の男性Cさんは優秀な成績で採用されたとのこと。もの腰は柔らかく丁寧で、

 指示されたことに対して熱心に取り組んでいます。指示後しっかりした書類をまとめますが、

 期限が先の仕事を頼むと抜けることがあるとのこと。机の上は常に汚く、ぺットボトルの

 飲み残しを置いて帰ったり、書類を紛失することが時々あるとのことです。そのようなこと

 に対して何度かやんわりと注意したことがあるとのことすが、「すみません。片づけます」

 というものの、数日後には同じような状態に戻ってしまうそうです。

      そんなある日、1カ月前から頼んでいた重要書類の進捗を確認したところ、彼の表情が

 みるみる青ざめて「すみません。まだ手をつけていませんでした」と発言しました。

 こんな人に対して、あなたなら、次の3つのどれの対応の仕方をするのか、筆者はそんな

 質問をしています。

 @ 「何のために1カ月前から指示だしたと思ってるんだ、いい加減にしろよ!」と感情に任せて

    怒鳴る。

 A 「君さぁ、そういうとこ時々あるよね。もいいよ、今回は俺がやるから」 と愚痴を

   言いつつカバ−する。

 B 『俺も確認が遅かったしな。これに集中していていいから、できるところまで

     仕上げてくれ」と。

     なぜこうなったか振り返りながら今出来ることをさせる。

   ▲ 私のコメント

    @ では、ADHDの特性を把握せず、ただ仕事をしないことで、感情的になって

    相手を叱責するだけで、相手を萎縮させるのみでは、筆者の言うように新たな

    ミスを誘発することになりかねません。立ち直ることへの配慮に欠けています。

    上司が高い目線で話していては、障害者の育成は不可です。上司も部下のハンディ

    を学ぶ姿勢が不可欠です。

    A  では、本人の気持ちをほぐし、楽にしてくれる効果はありますが、上司が代わって

     本人の仕事をやるようでは、依存心を起こし、自立支援になりません。

    Bは、望ましい対応策です。

    ● なるべく本人が、成功体験を通して自信をつけるよう指導助言することる

    ● そのためには、仕事の指示をなるべく一本にしぼって、上司がその進捗状況を

     日報に 書かせ、随時チェックし、褒めたり、アドバイスしたり、激励することも

     可能な限り実行することが本人の育成にとって欠かせないと思います。

    (2) ポジティブな言動を心がける

     筆者は重要なポイントとして、発達障害者に対しては、批判的な言動をなるべく

     用いないことと指摘します。特にASD( 自閉症スペクトラム)では社会性の

     障害のため、その場にそぐあない対応をしてしまいがちとのこと。その際に

    「そんなことではダメだ」「何を考えているんだ」など

     ただ叱責されるのみでは、なぜ自分が注意されたのか理解できません。叱責した

     相手に対し被害的な感情を抱くこともあるとのことです。また、発達障害の

     特性により、幼少時から人と うまくコニュニケ−ションがとれないと悩んだり、

     周囲から「あなたは変わっている」などと 批判されたり、いじめられたりする

     など辛い思いをしながら育ってきた方も多く存在します。

     大人になるまで発達障害と診断されなかった人の中には、何故周囲とうまく

     付き合えないのか 悩み、「何をやってもうまくいかない自分なんか、生きている

     価値はない」と真剣に考える人もいるとの先生の指摘。そのような人々は、

     批判的な言動にとても敏感に反応するので注意が必要とのこと。

     単に批判的な言動で叱責するだけでなく、何が問題であったのかを本人に

     分かるように伝え、改善を促すよう具体的に助言することが必要と述べています。

     ここでふとわたしが想起したことが二つあります。一つは、私が30歳代のとき、

     倫社の授業を担当し、青年期の問題について話していた頃、高2のある女子生徒が

     不登校の傾向があり、

     ある時宿題として担当クラスの生徒に書かせた作文の中で、彼女作文が際立って

     いました。

     几帳面な字でしっかりと自分の内面が正直に書いてありました。

     「人は優しそうな顔をしていても、いざとなると他人を傷つける。人を信じては

     いけない。信じるとかえって悲しい思いがする」これを読んだ後、不用意に

     彼女に「あなたと話がしたい」と申し出たけれど、断られ、その二三日後

     自殺しました。

      もう一つの例は、先週金曜日初めの当たりに書きました市内のNPOの

     役員の方から伺った話です。不登校の女の子を一時、お宅に引き取っていたとき、

     その子が夜中に泣き出したそうで、その理由というのが、「私が復学すると、

     級友がうれしそうな顔をしてわたしを迎えてくれる。それが怖いのです」この子も

     人間不信、対人恐怖症を感じました。

     何らかのトラウマのようなことがしこっていると、成長してからも問題を起こします。


 1月12〜13日   これからの障害者雇用と就労支援 (2)

 

    1月12〜13日 これからの障害者雇用と就労支援(2)

             筑波大学助教授 宇佐見和哉先生

   

       大人の発達障害への具体的対応   (3)状況に応じた声かけの具体例

    @  声かけの仕方

  ASD(自閉症スペクトラム)では言葉を字義通りに捉える傾向があり、そのため、

  まずは誤解を与えないような話し方をするがあります。なるべく具体的な表現を用いて、

  主語や目的語をつけて話すことを心がけるとよいとのこと。また、面倒でも、

  必要に応じて言葉だけでなく図式化して指示する心ずかいも必要と思います。 

  発達障害者に注意を喚起する時には、冷静さをもって穏やかな表情で何でも

  聞きますよという 受け皿をもって接しないと、障害者に威圧感をあたえれば、

  益々萎縮して、とても本音を出せず対話が困難になります。 

  「それはおかしいでしょう、よく考えなさい」といった相手を責める

  否定的表現による指導では、効果がないどころか、被害的な感情を増進させる

  とのことです。過敏性が強く、一般の大人なら、ストレスにならないのに、、

  何故注意されたのか 上司の言っていること、上司の気持ちが読めないのでストレス

  と感じて、落ち込みます。

  (このような 正にに発達障害者のコミュニケーションの弱点については

  普通の常識では通じないことを熟知して対処しないと継続的雇用は困難です。愛情をもって

  相手の目線で、手取り足取りの丁寧さが求められます。上司としては、まずは、

  イラつかないこと。大声でバカ犬のようにどなるようでは、即刻閉口して

   出社拒否を招きます)

  指導する側としては、「それはこうしたら、もっとよくなる」といった肯定的、

  具体的な指導が 不可欠ですし、劣等感の強い障害者には、たとえ小さな改善の

  努力でも、褒めて自信を持って頂く配慮が欠かせないと思います。 

  会社の担当者にとっては、手間であっても、日報に書かせ、褒め、時には愛情のこもった

  叱責、アドバイスを積み重ねつつ育成する努力が信頼ばの構築になります。

   それから、本人が仕事のことで、失敗すると、すごく落ち込みます。しかし、その失敗は、

  裏を返せばチャンスでもあるのです。上司はその失敗した状況、原因をじっくり傾聴し

  一緒に考えてみると、その失敗原因が対話の中で浮彫にされ、障害者が「ああ、あの時、

  指示されたことを上司に確認したり、質問したりせず、勝手に判断して失敗した」

  といった気づきも生まれ挽回のチャンスが生まれることだってあります。   

  失敗したら、改善策を安易に教えるのでなく、 このような努力を両者ともにすることで、

  道が開けます。認知の視点を変えてみることです。

  それから筆者は、状況説明の配慮、失敗した時の注意の仕方について述べていますが

  上記の私の述べたことに含まれていますので、省略します。

     A 問題行動に対して

  筆者はパニックになる、興奮するなとといった状況になった場合、以下のステップを踏んで

  対応することを勧めています。

  (1) ク−ルダウンするまでそっとしておく。冷静さを回復するのを待つという

               至極当然な方法です。

    リストカットして発見された場合などがそうです。但し状況に応じて専門医などと急遽

      連絡をとることも必要になります。 

   (2)落ち着いた時。問題行動を起こしそうな場面を我慢したときはすぐに評価する。

   こうした方がよい場合もあれば、うかつに言葉をかけない慎重さも必要でないでしょうか。

   状況をみて専門家に委ねることを念頭に置くべきと思います。

  (3) 自分の気持ちを言語化できるように促す。

   パニックは、うまく感情表現できないことによっても生じるとのこと。悔しかったのか、

   不安だったのか、イラついていたのか、どういう気持ちだったのか、言語化させると

   よいと、筆者は述べています。具体的には、つらい状態に陥っていることを理解した

   上で、言葉にしないと、どんなことに困っているのか 分からないことを伝え、本人が

   たどたどしくても意思表示が出来るように促すのがよいとのことです。

    私見ですが、「言語化」とともに「感情の明確化」が大事な鍵になると思います。

   事柄の応答のみでなく、言葉の背後にある感情の把握が相手を知る上で大切なのです。

   この記事で想起した一例として、あるNPOのセミナ−でフロイトの精神分析の学習で

   「感情の明確化」のことです。

   それは、この時の講師がある女子高校生をカウンセリングしていた際、突然お母さんと

   寝たい」と言ったそうです。彼女は長女で゛最初は母の愛をひとり占めにできたのに

   妹が生まれると、母の愛が妹に移ってしまったと感じ、その欲求不満が発達課題の

   未達成として残り、高校生になって突然甘え出したそうです。

   「お母さんと寝たい」が感情の明確化の第一歩で、この問題の解決に1年かかったと言って

   いました。このような母との発達課題がクリアされないと、大人としての心理的発達が

   阻害されます。幸いこの問題が解決され、結婚したそうです。この人は障害者では

   ありませんが時として、感情の明確化と発達課題のクリアは大事な関連性を持って

   います。

   話が本筋からそれたかも知れませんが、成長過程でのこのような発達課題の未解決、

   「固着」が問題を残すこともあります。家庭に問題があって、父母、兄弟の愛に

   欠乏していた社員には、会社の誰かがそれをフォロ−することで、本人の潜在的力が

   発揮されることもあります。時にはカウンセラ−も精神科医等その一役を担うことも

   あります。陽性の感情の転移」がそうです。嫌いな父のイメ−ジを払拭して

   こんな父だといいと思う場合がそうです。

       

 

 


 12月31日~2016年1月1日 星野源 「蘇る変態」について

 

     12月31日~2016年1月1日 星野源 「蘇る変態」について

       明けましておめでとう御座います。本年もよろしくお願いします

                         P1010005 (359x269) (2015_07_29 10_07_09 UTC).jpg  

 

                       アルストロメリアです

        ( 個人的な思いで申し訳けありませんが、星野さんの記事を読んでいると、またこんな花で

      癒されたくなりました。)

    最近 星野源さんのことを初めてTVで知って特に格別他の芸能人と比較して目新しいものは

    感じませんでしたが、少し経過して彼が「弱いが故に人は強くなれる」の一言に私は興味を

    抱き、彼の人柄に 関する色々なことを知りたくなり、その第一歩として「蘇る変態」を入手し

    通読しました。

    変態と聞くと、痴漢のような破廉恥行為をする人々をすぐ想像します。しかし、彼は、

    AV女優のこと、日頃に生じる性欲ことなど感じたままを素直というか、何かおぼこい

    感じがする人柄であえて役者の演技として変態ぶるようにも見えません。タモリが変態と

    言えば、そのけか゛あると感じますが、彼には感じられません。何となく彼には

    マザコンの感じがします。成育歴はよく分かりませんが、それが根底にあって変態と称する

    行為があると想像します。

    巷では彼のことを「サブカルチュア」の人と言ってますが、個性は強いにせよ、様々な

    パ−ソナリティが尊重されていくべき時勢なのに、そのようなラベル貼には反発したく

    なります。

    年末の紅白歌合戦の彼の歌の場面を見失いましたが、少し他で見た限りでは、巷の歌手

    と余り違った感じがしなくて退屈さを覚えそうです。

    しかし、今回の彼の著作を通しては、この人なりに「心の軸」らしいものをもっていると

    感じました。

    その根拠は、彼の生死をかけたくも膜下出血の闘病生活から自ら学びとったことにあります。

    かって私の顧問先でこのくも膜下で倒れた機械工の職人さん(当時53才)のお見舞いに

    行ったことがありますか、発見が遅れたこともあって一命はとりとめたが、植物人間に

    なっていまだに故郷で入院しているとのこと。

    星野さんは、若いから回復できたかというと、そうとは言いきれないことが分かりました。

    それには、ひとつには、主治医の医術、患者に対するメンタルケア、そして患者の精神力が

    大切なポイントなることが通読していて感じました。それと彼をとりまく人々の

    暖かいお見舞いなども彼の心の癒しになっていたようです。

    それにしても、手術当初は、なかなか回復が困難でありましたが、主治医の先生は、彼に

    動脈に管を通してカテ−テル手術の説明をし、先生から「絶対に助かります」と聞いて

    素直に「そうなるんだ」と思ったとのこと。(腹がすわった感じです)

         しかし、本人以外の人には後遺症の可能性も含めて、全快の可能性は低いと主治医が

    言っていたことを後日知ったとのことです。まさに薄氷を踏む状態だったわけです。

    でも本人としては、「あの一言、絶対に助かります」がなかったら不安に押しつぶされていた

    だろうとのことでした。この手術では苦しさに耐えきれなくて自殺もひらめいたようでした。

    1日目の手術は成功してもその後の苦闘が大変。24時間不眠、不休で痛みと神経過敏に

    耐え続けること。何と3日も続いたそうです。

    このようなとき、彼の心中は「早く死にたい。こんな拷問のような痛みはもう沢山だ」

    お見舞いに来てくれるみんなとの時間だけが救いだった。みんなが帰った後、一人、

    「行かないでくれ」と声を殺して泣いた。 (それても)体が生きようとしている。-----

        死ぬことよりも、生きようとすることの方が圧倒的に苦しいんだ。生きるということ自体が

   苦痛と苦悩にまみれた「けもの道」を強制的に歩く行為なのだ。だから死は、一生懸命に

   生きた人に与えられる「ごほうび」なんじゃないか。そのタイミングは他人でなく自分で

   きめるべきだ。------

       俺は最後の最後まであがいて、あがききって最高の気分でエンドロ-ルを観てやる。

       (ここの箇所の言葉に上記の弱いが故に強くなれる彼の人間力が秘められていると痛感しました)

       なお二度目の試練については、この方が断然過酷とのことでした。

   別のK主治医は、オペの困難さを説明しながらも、患者の気を楽にさせたい気持ちからか、

   脱線して患者の性器をみればどれほど脳が生きているかかわかる」そんなリラックス

   させる先生。

   最後にこの手術のリスクを話され、「でも私は治しますから」 「何かあっても諦めません。

   見捨てたりはしません。だから一緒に頑張りましょう。」すごいエンパワ-メント

   (患者を勇気づける)

      こんなこと言われれば星野さんも更なる頑張りを発揮します。それは、次の言葉から

   よく分かります。

   k先生の診察を終えた時、「この人なら殺されてもいいな」と思った。この先生ならどんな結果

   になっても後悔しないだろう。沢山笑わせてくれて、まっすぐ目をみて「治す」といって

   くれた人を信じないで誰を信じるのか。心狭き自分は、昔から本当に信じれる人はいないと

   思っていたが、心から人を信じるということは、その相手の失敗をも受け入れられれば

   可能なのだ。医師との信頼関係を築けると患者の恐れ不安を和らげ、治ろうとする気力を

   強めることができます。

   私自身すでにブログに書いていますように、心身症で体のあちこちが痛くて、大変不安な時、

   ある先生が「あなたの言っていることはわかるよ」この一言が契機で癒されたことがあります。

  

    ◎この記事の締め括りのコメント

    変態のことは茶の間の雑談にすればよいとして、上記の闘病に関する手記は、色んな

    ハンディを抱えながら様々な苦難に直面して苦悶している人々に対して貴重な教材を提供して

    いると痛感しました。ステ-ジで頑張っている星野さんの実情から想像できなかったことを

    実にリアルに正直に生死にかける極限状態の星野源さんの赤裸な人間像を書いて頂いて

    とても感謝しています。年齢に関係なく、いつか私たちは死と直面するときが来ます。

    その時になって慌てるのでなく、それまでに何を大切にして生きるのか、

    自分のハンディとどう向き合うのか日頃の備えについて、日々の節目に考えておくべきと

    痛感しました。    

 12月19日 裁判員 消えぬ苦悩 死刑判決初執行    朝日新聞より

 

      12月19日 裁判員 消えぬ苦悩   死刑判決初執行  朝日新聞より 

              ” 一生背負う覚悟・ 夢に被告の姿”

       一人は、法務省は18日、2人の死刑を執行した。この中の2009年に川崎市のアパ−トで

      3人を殺害した殺人の罪で、11年に横浜地裁の裁判員で判決を受けて確定した

      津田寿美年死刑囚(63)。09年5月に裁判員制度が始まって以来、市民が加わった

      死刑囚に刑が執行されたのは初めて。東京拘置所で執行された。

      津田死刑囚の裁判で裁判員を務めた20代の男性は、判決から2年後の取材で、死刑執行

      のニュ−スのたびに誰が執行されたのか気が気でない日々を送っていると語った。 

      「自分の出した結論で一人の命を絶つわけだから気が重い。このつらさは、裁判員にしか

       分らない」とも話していた。

      この執行を死刑判決に関わった各地の裁判員経験者はどう感じたのか。

      埼玉県の50代の女性は、「いつかこうなる日が来るとは思っていた。ついに来たかと

      いう感じ。」 「国民の判断によって一人の命がなくなったわけで、改めて責任は重大だと

      思う。」自分が担当した事件を思い出す。今月、 死刑が確定することを知った直後も

      寺に行って被害者に報告した。「私は一生背負っていく覚悟でいる。」

         宮崎市の会社員男性(44)は裁判官が判決を告げるときには、体や手が震え、自宅に

      帰っても涙が止まらなかった。「死刑が執行されれば、裁判員の自分たちが殺すようなもの。

      その苦しみは一生消えない。二度と裁判員はやりたくない。」15日まで愛知県碧南市の

      強盗殺人人で裁判員を務めた30代の男性は、「裁判員は今どんな気持ちでいるんだろう。」

      と津田死刑囚の裁判に関わった人達を思いやった。

      自分たちの判断に悔いはない。でも確定したら、気持ちも変わってくるかも知れない、

      とも思う。 「自分の判断で死んで欲しい人何 んていませんよね。」

       愛知県蟹江町の強盗殺人事件で裁判員を務めた小牧市の20代の男性は、「死刑求刑

      に関わるような重大事件に、市民は関わるべきじゃない」と話した。今も法廷に立つ被告を

      夢にみるという。 

      裁判員になるまでは、、法律が認める以上、死刑はあってもいいと考えていた。

      今は揺れている。「罪と向き合い一生背負い、被害者や遺族に償う。苦しみながらでも

      生きた方がいいと思うことがある。」

      ◎ 私自身も極力死刑は避けて欲しいと思う。とは言え実際身内に凶悪事件が起きた時

        どうですかと、質問されると、100%許すとは言い難い自分の弱さを感じますが−−

        傲慢かもしれませんが、そんな時でも可能ならば加害者の人と面接したいと思います。

        NPOの障害者の方々に動物と異なり逆境でも人はその苦難を克服できる潜在的な

        力があると言いました。罪から回心して再生する道も開かれるチャンスがあります。

        自分は、窃盗の常習犯だったけれど、服役中に私の知っている先生の指導、助言が

        実を結んで完全に回心した例を知っています。

        大罪を犯した人を殺すのは、簡単かも知れません。死んでしまえば大罪のレッテルを

        貼られたまま。でも、生きていればこそ、犯した罪の重さに耐え忍んで

        苦しみながらもその罪の償いができます。そのことが自分だけのことでなく、自分が再生

        することで同じように苦しむ人々に希望と勇気を与えることもできると信じます。

        私が子供のころに見た、ビクトル・ユ−ゴの「レ・ミゼラブル」の映画が私の脳裏に

        今でも焼き付いています。

   

 

 

 

 

 11月13日 親方と弟子の勝負どころの視点のずれ

 

    11月13日 十両明瀬山と親方(元肥後の海)との勝負どころの視点のずれ

  

    本日久しぶりに少し大相撲の取組をTVで見ました。また゛幕内前でしたが、その時

    愛知県春日井市出身のこの明瀬山とその親方の対話の話が紹介されました。 

    親方と弟子がその時々の取組のビデオを一緒に見ていて、「勝負どころ」について

    意見交換して、視点のずれを修正する教育です。企業現場の JTに相当します。

    すると、「勝負どころ」の視点が異なっていたそうで、弟子はまだ攻めの体制が

    整っていないのに焦って勝負に出て失敗する例が紹介されました。

    かって私もコ−チングのトレ−ニングを受けましたが、それとよく似ていると感じました。

    とかく上司は自己の経験、知識を元にして、部下に指示命令をし易いですが、

    このような方法ですと、共に状況を観察して大事な視点について、その時の弟子の気持ち

    にも配慮して、本人の着眼点に気づきを与え、納得して軌道修正していく教育方法に

    感心しました、この肥後の海の現役の頃のことを記憶しています。名古屋場所の時に

    機会あれば、お会いしたいと感じました。

    なお、この親方につきましては、確かに過去に不祥事が名古屋場所でありましたが、

    今のこの親方の努力はそれなりに評価してもいいのではないでしょうか?

    国民の目を誤魔化して悪事を推進するたちの悪い政治屋よりも、彼の方がずっとましと

    思います。過日ある電鉄の痴漢常習者と弁護士の向井先生が接見されたことをブログで

    かきましたが、例え過ちを犯しても、そこからどう立ち直っていくのか、ここに焦点を

    当てるべきと考えます。(痴漢常習者の人生再出発 2015 2月23日のブログ)

    「ビジュアル化」ということを学んだことがあります。別に上司が部下と何らかの映像を

    直接みていなくても、上司の丁寧な質問と傾聴次第では、部下に上司に心を開いて

    自己開示が進み、それと共に上司は、現場のイメ−ジを描きやすくなり

    部下の気づきを引き出すことも可能になります。

    特に接客の仕事、営業などがその例です。


    

    



10月28〜29日  認知症でも働けます AERA11月2日号より

 

    10月28〜29日 認知症でも働けます  AERA  11月2日号より

                 仕事をしながら社会と共生          

    認知症と聞きますと 、家族の名前も忘れたり、突然暴力を振るったり、勝手に

    徘徊するうちに行方不明になるなど家族にとって大変な負担になっています。

    しかし、この記事を読んでいると、認知症の人々でも、全ての感性、理性、意欲を

    喪失しているわけでなく、仕事をしながら立派に周辺の社会の人々と共生している

    姿にとても興味をもちました。  自分の住んでいる日進市でも

    何か工夫すればやれそうな気もしてきました。

    以下若年認知症で建設現場の職場を解雇された青山仁さんに関わる記事を

    紹介します。

    10月中旬、東京都町田市立小川小学校にある「腕白学童クラブ」を訪れた。

    ラガ-マンみたいに体格のいい「おじちゃん」の姿を一目みるや児童の歓声が

    上がった。「あ、青ちゃんだ」  青山仁さん(55才)は、一寸照れ気味に

    「おう」と応えた。 彼は3年前、認知症と診断された。今は、市内のディサ−ビス

       「DAYS BLD」(略称BLD)に通う日々だ。 ここでは利用者でなく、「メンバ−」と

    呼ばれる。それぞれが、自分の好みで選ぶ様々な仕事や社会的貢献活動に精を

    出す一員だからだ。

        <解雇され、自殺も考えた> 

    この日のミッションは、クラブの前にある畑の清掃。児童とBLDのメンバ−が力を

    合わせ、青い実をつけたまま枯れ始めたトマトを株ごと抜いた。雑草もきれいに

    抜いた。トマトの酸っぱい香り。「わっせ、わっせ」 児童は掛け声を合わせ

    ながら、山盛りの草などを運び出した。青山さんは、「はい、次こっち」

    「ほれ、がんばれよ」とやさしく声をかけた。

        一段落するときれいになった畑は、たちまち子供のあそび場に。青山さんもバッタとり

    に参戦していた。手の平いっぱいにどんぐりを集めた女の子には、「ずいぶん一杯

    もってるじゃないか」と声をかけ、笑った。一緒にどんぐり探しに興じると、別の女の子が

    「青ちゃん、ちょうだい」と寄ってきた。指導員の本山久美子さんは、「今日みんなくるの

   、と楽しみにしている子もいます。もっとも、プロレスごっことか、掃除の後の後の遊びが

    メインの目的みたいで。祖父母が遠方にいる子供もいて 、大人が遊んでくれるのは

    すごくいい機会だと思っています」

        BLGを運営するNPO「町田市つながりの開」の理事長の前田隆行さん(39)は、

    「今、青ゃんは学童保育の子供達の人気者です。レストランや給食、病院の食事など

    で提供する玉ねぎの皮むきや洗車など、あらゆる仕事や活動に積極的に関わって

    くれます。以前の青山さんの姿からは想像できない位変わりましたね」

        最初に出会った頃の彼の表情が暗く、やせて、げっそりしていたと前田さんは

     ふり返る。 かって彼ては建設工事現場で働いていた。仕事でミスが続き疲れている

     だけと思っていたら、病院で若年性のアルツハイマー型認知症と診断された。 

     解雇され、社会から断絶された気分になった。診断前に離婚していて孤独感も募った。

     自殺を考えるほど、気持ちが沈みこんでいた時もあった。その時は娘につらくあたった。

     もう一度生きる意欲を取り戻したのは、BLDに通い始めて、「誰かのために働いたり

     こうした活動があったりしたから」と青山さんは言う。

    ◎ ここの青山さんの認知症を自覚しつつも、生きる意欲を取り戻した決意について

     自分の親が卒中で倒れた後ボケてしまったことを想起しますと、この人にまだ

     健常性が生き続けていたことに『目から鱗が落ちた」ような感動を覚えました。

     このような意欲を取り戻せた大きな要因には、小学校児童とのボランティア活動と

     その児童との交わりを通して社会に貢献できる自分の存在価値を十分味わうことが

     できたこと、もう一つは、この後で紹介します認知症の仲間による「洗車の作業」に

     よって収入を得ること。このことも認知症の人々にとって大きな働ける喜びであり

     自信につながります。勿論これらの活動の背後にはNPOの前田さん等の熱い

     支援があってこそ実現出来たのです。 

                          P1010123カサブランカとチン菊.jpg

                                    カブランカと菊のコラボ

          < 問題は病気より偏見>

     認知症というと今なお「何もできない」 「困ったことをする」 「すべて忘れる」と

     いったレッテルを貼られがちだ。本人にとっては、認知症と告知された途端に

     社会から取り残され、「早期発見、早期絶望」につながりかねない。

     「 日本認知症ワ−キンググル−プ」共同代表として、認知症の当事者の立場から

     発信を続けている、埼玉県川口市さひこ在住の佐藤雅彦さん(61)はインタビューで

     言う。「私たちは、認知症の人につけられたイメ−ジや誤解に苦しんでいます。

     私たちが何に困っているかというと病気そのものよりも、社会の偏見なんです。」

     私たちのまわりには、認知症に対して不安を駆り立てられるようなニュ−スが

     あふれている。「徘徊」という用語。認知症700万人時代など。」

     不安が先に立つと人々の目は認知症の人への監視ばかりに向かってしまう−−−。

     上記のBLGを運営するNPOの前田さんは、こう考えているとのこと。

     「認知症と診断されたからといって、ただ介護されるだけの存在になるわけじゃない。

     まずその人が生活者であることを取り戻して”生活”を継続していく。そのための

     サポ−トが必要です。当事者との接点を増やしていきたい。」

     (この短い言葉に認知症の方々が管理される物としてでなく、自尊心をもった

      人間としての再生を目指す意気込みを私は感じました)

     BLGのメンバ−は、季節ごとに市内の複数の学童クラブで開催する紙芝居の読み

     聞かせイベントにも参加している。クリスマスには、サンタの格好して出かけていった。

     読む物語は認知症をテ−マにしたノンフィクション。そこに絵をつけたのは子供たちだ。 

                  <洗車1カ月で1万円>

     青山さんは紙芝居担当でないが、イベントにはついていく。他のメンバ−と共に毎回

     「覚えておいてね」と自分の名前を子供たちに伝えている。今夏の読み聞かせでは、

     昨年も参加した小学2年生が「この前ね、そこの道を青ちゃんが歩いていたから、

     手を振って”青ちゃん”って声をかけたよ」と話しかけてきた。青山さんは、「何かね、

     ほっとした」と笑顔で応じた。最近道に迷うことがある青山さんだが、こんな可愛い

     「見守り」があるなら、町を歩く楽しみもある。「認知症なってよかったとは思えない。

     でも今は楽しい。幸せです」

      一昨年から、BLGでは洗車の請け負い仕事も始めた。朝10過ぎ。BLGの隣にある

      自動車販売店「ホンダカ−ズ町田東店」では、赤いブルゾンを着たメンバ−5人が

      黙々と働いていた。展示する車一台々に水をかけて拭き上げ、ピカピカに

      仕上げていく。杉本欣哉さん(63)の余りに丁寧で手早い仕事ぶりに驚いた。

      もともとは、自動車メ−カ−の営業マンだった。表情も真剣そのもの。声をかけて

      いいのかためらっていたカメラマンの様子に気づくと、にっこりして撮影に応じて

      くれた。この仕事もNPOの前田さんが販売店に働きかけて一年半にわたる交渉の末

      獲得した仕事だ。全員で毎月計一万円の謝礼をもらえるようになった。この東店の

      チ−フ小林さんは、町の良き理解者だ。BLGに委託してからこれまでの間、全く

      心配はなかったという。ただ、スタ−ト前は「仕事をお願いして体調に影響はないか」

      「車に傷つけるのでは」といった反対意見もあり、「社内説得だけでもだいぶ時間が

       かかった」(小林さん)

      販売店の窓口スタッフのこのBLGに対する見解は次のようです。

      「ト−タルでみれば、うちの販売店にとってメリットはメチャ大きいです。

      CSR (企業の社会的責任)的意味合いだけでなく、私たちスタッフも、洗車の仕事を

      肩代わりしてもらうおかげで、朝の貴重な時間を事務仕事や販売活動に割くことが

      できます。認知症の人も社会経済活動に貢献していくのが当たり前の世の中に

      なると日々実感しています。」

      ◎ BLDの人々の洗車の仕事についての感想

       認知症の人が洗車の仕事をするなどとても想像できません。

       「敬服しました」の一言です。

       とは言え、このような健常者並の仕事ができる背景には、お二人の方の貴重な

       ご尽力の賜物と痛感します。それにしてもNPOの前田さんは1年半の交渉の

       結果ですから、ただ忍耐強いだけでなく、認知症の人々に対する愛情と信念が

       あればこそと思います。それと受け入れ先でのリスク対応とか障害者の方々の

       体調管理等配慮も大切ですし、よくおやりになったと思います。

       それと共に、受け入れ先の小林さんのご苦労も当事者の方々にとっても

       とても感謝なことと思います。認知症の方々に対しては「ただよく頑張られた」

       以上のことを私は述べたいです。「ご健康に十分注意されて、今の成功体験を

       活かしてください」と。 

              <追加速報 共同通信10月31日の認知症初期集中支援チ−ムの全国の

          自治体の設置進捗状況の厚労省の調査報告>

        政府は、この支援チ−ムの設置を本年度中としていたのに、その実施、ないしは

        設置予定とした市区町村は全国自治体のまだ17・6%にとどまるとのことです。

        今後2030年の頃になると日本の総人口の約40%は、65才以上とのこと。

        政府の優先順位感覚がどうなっているのでしょうか?

        PLAN DO CHECK ACTIONは企業のみならず、都道府県、

        市区町村でもやっています。このチェックは適切にメリハリを効かせて

        実施すべきなのに政府のかじ取りが機能せずこんな10月末に公表して

        市区町村に催促してもピント外れの感じがします。

        行政当局のまずいかじ取りのつけは国民に負わせることになるのです。 

        


        

 








 10月 24〜25日 人にして欲しいことをせよ

 

     10月24〜25日 人にして欲しいことをせよ

         P1010132 フリ−ジアと菊.jpg

         中央の上部は赤紫の菊、その下も菊、黄色のフリ−ジア

         実物とかなり小菊の色彩が異なります。

    ここの生け花と同じものを今日ある団体の広い部屋の清掃当番の勤めを果たした

    ついでに、鈍臭さい生け花をしてみました。この団体にお世話になって早4年、

    掃除のことを申し出るとともに、生け花もやり始めたのが最近のことです。

    仲間の歓心を買おうとする思いでしたつもりはありませんが、特別華道の訓練を

    受けてない者がこんなものでも多少なりとも、何か共感して頂けるものがあればと

    思っています。この生け花のことで私が感心したことは、ある子供さんが、この

    ような生け花を観察していて、誰も生けていない時、すすきの穂を刈り取って

    生けてあったのを知って感心しました。「子供は大人の背中を見て育つ。」

    なお、「人にして欲しいことをせよ」をNPOで最初にカウンセリングをしていて、これに

    ついて話したのは、パ−ソナリティ障害の女性でした。家庭環境は、比較的恵まれて

    いましたが、対人関係がうまくいかないことが多く、自己愛が強く、相手に対して

    批判的になり易く、感情が高ぶると、物を投げつけたり、物を壊したりすることも

    よく話してくれました。そんなときに、本人に視点を変えて、相手の立場に立って

    考えてみたらどう?こんな流れの中で、「自分がして欲しいことを相手にしたらどうか」

    そんな問いかけをしました。NPOのスタッフや利用者と一緒にコミュニケーションの

    学びをしているとき、タイミングよく彼女がこの言葉を話してくれたとき、「よく理解して

    いるなあ」と感心しました。また、彼女はよく父親対立することもあるけれど、

    両親の先々のことを考えて介護ヘルパーの勉強をするといったときも、つい褒めたく

    なりました。

       とは言え、彼女は、NPOは、温室のように保護された場所であり、一旦外に出て、

    仮に就職できたとしても、社内の対人関係でトラブルが発生すれば、またトラウマが

    増えてしまうとの訴えは、信憑性があります。これは、「心の軸の質」に関わる

    問題提示なのです、

    太宰治は、「体を殺しても、魂を殺せない者を恐れるな。体も、魂も殺す方を恐れよ」

    この言葉を引用しています。現国にも出ていると思います。

    政治家は、国民の歓心を買う人気取りに気を使い、社内では、部下は、上司の機嫌を

    損ねることのないように配慮します。いずれも人を恐れています。

    では、本当に恐れなくてはならない者は何か?

    遠藤周作の「海とで薬」の中で、捕虜の生体解剖に関わって良心の呵責に苦しむ

    勝呂という医師と「良心などどうでもなるさ」(赤信号みんな渡れば怖くない)

    そんな声が聞こえてくるようです。

    今国際情勢も、国内の政情もどうなっていくのか混沌としています。

    一人ひとりの心の軸をどのように築いて言ったらよいかが問われます。

 



 




10月21日 単一の食べ物しか食べれない神経症

 

    10月21日 単一の食べ物しか食べれない神経症

        

    最近すでに顔なじみの自助グル−プの集会に出席しました。

    中には、今までに顔を見ているが、話をしたのを見たことのない中年の人が自分の心理

    状態を話しました。なんと単一の食べ物しか食べれず、他の食べ物が混じっていると

    食べれないと訴えていました。帰ってからネットで調べてみたら神経症とのこと。

    この人は生まれつきそんな症状でなく、対人関係で何かきっかけがあってそうなったと

    思いました。それが心にしこっているなら、暗示療法で気にならなくしたり、或は高所恐怖症

    に対する「脱感作法」の応用が可能かとも思いました。

    刺激に過敏に反応するのに対して、次第に刺激を徐々に高めて、鋭敏さを和らげて

    刺激に慣れてしまう。こんな見立てをしました。次に本人にあったらその話をして

    みたいと思いました。こういうことでの成功体験は本人にとって大きな意味をもつと

    考えました。   

 

 10月15日 思考の輪郭 番匠武蔵氏執筆 コ−チAより配信

 

    10月15日 思考の輪郭 番匠武蔵氏執筆 コ−チAより配信 

    「人工知能を持ったロボットにコ−チングしてもらう。そんな日はいつ来るのか」

 

    その道の専門家東京大学松尾豊準教授の講演を聞きながら、筆者は考えていた。

    その先生の予測では、ロボットが人間の言葉を理解できるようになるのは、2030年

    以降とのことです。ということは、人の話を聞く役割はしばらくは、人が担っていく

    ことでしょうと。

    先日、半年間のコ−チングを終えた筆者のクライアントが次のようなことを言ったそうです。

    「私はコ−チングがすべて電話で行われたことがよかったように思えます。

    普段は表情、ジェスチャーで伝えてしまうこともあるけれど、電話では、すべてを「言葉」に

    しないといけない。そのため、とんな言葉で表現するかを考え、その過程で思考を整理し

    深めることができました。」 それについての筆者の次の言葉に注目。

    「言語化」にはあいまいな思考を具体化し、輪郭をつくる作用があります。

    部下の思考を深め、成長を促すためにも 「部下が話す」機会をつくることは、上司の

    重要な役割の一つと言えるでしょう。

    ◎以前私はコ−チAの養成講座を受けようとしましたが、どうしても納得し兼ねたのが

    上記の電話での対話訓練でした。相手の向き合って対話するカウンセリングの訓練に

    慣れていたせいです。しかし、NCRの光山コ−チの指導を受けて数人で電話会議の

    実習をしてみて、相手の言葉に集中できるメリットに気づきました。

    普通の対面した対話では、相手のしぐさ、表情、態度等に感情が動いて、時として

    思考が集中できないことを経験していますので。

 

    筆者はこの「上司と部下の対話」について次の質問をしています。

    では、実際には、上司はどれくらい部下に「話をさせているのでしょうか?

    コ−チング研究所で、15カ国各々100人に上司との会話について調査した結果では、

    上司との会話において3分類して調査したとのこと。

    a 上司が話している時間の方が長い。

    b 部下(自分)が話している時間の方が長い。

    c ほぼ同じ。

    以上の3つの選択肢から選んで回答してもらったそうです。その結果は次のとおり。

    日本では、半数の53%の部下が、「上司が話している時間が長い」と回答し、

    一方スウェーデン、イギリス、アメリカではその率は20%台とのことです。

    また、INSED客員教授のエリン・メイヤ−は著書「異文化理解」で各国の上司部下間に

    おける「権力格差」について述べています。

     「 権力格差が低い」ことを平等主義

     「  同上   高い」ことを階層主義として24カ国を比較したとのこと。

     その上で日本、韓国、ナイジェリアの三ヵ国が「階層主義」が最も強いと位置づけ

     られているそうで、この階層主義の特徴は、「上司の承認を得てから行動する。」

     「コミュニケ−ションは序列順に行われる」というものとの指摘があります。

     筆者の見解として、「日本は他国と比較して部下が話をする機会が少ない」傾向が

     あるということが言えそう」とのこと。だとすると「話す機会の少ない部下は頭の中で

     アイディアが生まれているのに、知らず知らずのうちに霧散してしまっている。」

     そんなことが起きていると考えられないでしょうか?との提示です。

     もしそうなら、とてももったいない状態とのことです。

       ◎ 以上の筆者の指摘は、今の日本の一般の企業について、的を得た見解と思います。

    とは言え一概に企業の上層部の方々を責めるだけの見解は、私としては避けたいです。

    最近トヨタ自動車の販売店の課長と社員教育のことで少しお話することができました。

    今の時勢では、人員は減らされ、その反面業績アップのノルマで、本当はじっくり部下に

    付き添って丁寧に指導したいとのこと。ゆとりがなくては、どうしてもそれができないと。

    それでは、上司としては、指示命令のみで、部下との対話時間に限りがあり、かっての

    余裕のあったときの指導はできないといっていました。

    ただ数字を挙げて、「日本の企業はxxx」ときめつけないで、現実の現場の実情を

    把握する必要性を痛感しました。

    次の筆者の提示、「 部下に話をさせること」により意識を向けさせてもよいのでは

    ないでしょうか」 そのとおりと思います。話しながら自己の考えがまとまっていく中で

    新たな気づきに進むからです。

    最後に筆者の次の質問はどうでしょう。

    あなたは、職場のメンバ−か゛言葉にする機会をどれだけつくっているでしょうか?

    また何について言葉にしてもらえるでしょうか?

    「この言葉にする」とは筆者が説く「思考」の問題のみでなく、話す人の感情も出てきます。

    その時の本人の気持ちを受け止めて「お前、いいところに頭が回るな」とでも言うと

    本人のモチベーションがアップすることにもなります。

    また、筆者は、何について言葉にしてもらえることが有効でいしょうか?と問いかけます。

    この問に明確でない場合、誰かと話して言葉にし、あなたの思考に「輪郭」をつけてみては

    如何でしょうか?と問いかけを追加しています。

                P1010129彼岸花と赤紫菊のちょうわ.jpg

 9月9日発達障害 向き合い方は 9月7日 朝日新聞より

 

    9月9日 発達症障害 向き合い方は    9月7日 朝日新聞より

                       子育てに悩む保護者にNPOが講習

      発達障害を支援する名古屋市西区のNPO法人が、子育てに悩む保護者等の

      ための講習を全国に広げる取組を続けている。子供の行動を褒めることで

      成功体験を重視し、子供と前向きに向き合う好環境を生み出す試みだ。 

      この記事の編集者は、発達障害の説明で、対人関係で障害のある自閉症

      スペクトラムや読み書き、計算など特定分野で問題のある学習障害、

      落ち着きのない注意欠陥多動性障害 (ADHD)などの総称とし、生まれながら

      脳の機能障害が原因とされるとし、自閉症スペクトラム障害(ASD)には、

      自閉症のほか広汎性発達障害(広い範囲にわたる心理的発達のおくれ在る者)

      アスベルガ−症候群などが含まれるとしています。

      上記の説明で少し疑問をを感じています。

         調和P1010131黄色のゆりと赤紫菊の.jpg


   

       すでに紹介しました精神科医の先生のなかには、遺伝的原因がすべてでなく

       家庭、それ以外の環境次第では好転していくもの、なかには診察した後の何年か

       経過後診察してみると「どうみても、発達障害ではない」との専門誌の

       こころの科学等に出ていますので、家庭、外部の環境などで好転する

       ことあり、私もそう思っています。

                この例として、7月4〜5日の発達論視点からみた自閉症スペクトラムその3

                             滝川先生執筆の記事にも出ています。

                

       次に紹介しますのは、中京大の辻井正次教授が指導する母親が学ぶ

       講習会の例です。    

            <行動でとらえ努力ほめる>

       ここでは家庭での子供の療育の基本的な留意点についての指導の一例が

       出ています。

       「家庭で気づいたことをどんどん挙げて」。名古屋市の会議室。臨床発達心理学

       の辻井先生の問いかけに、母親等が二人一組になり、子供との日常で気づいた

       点をメモする。先生が代表のNPO法人「アスぺ・エルデの会」が主催する講習

       「ペアレントプログラム」だ。

       この日は13人が参加。困りごとばかりこぼす参加者も、子供との向き合い方を

       教わり、実践するうちに前向きになる。

       5歳の男の子の母親(45)は「本人なりに努力していることが分かったし、頭の

       なかが整理できて感情をコントロ−ルできるようになりました」と話した。

       変化を導くポイントは「行動でとらえること」。「だらしない」という代わりに

       「服を脱ぎっぱなしにする」などと、行動の問題点を子供に理解しやすくする。

       そしてほめること。(ここでは、「だらしない」という言い方は、人格否定になります

       ので、何がいけないのか、本人の改善すべきことを促しています)

                    子供にとって苦手なことでも、努力することをほめ、

       (母としてもうれしい気持ちを伝えることもよろしいかと感じます。)

       「次もできる」というきもちにさせる。成功体験を重ねることで、気持ちを落ち着かせ

       次のステップへの意欲を持たせる効果があるという。

       (そのように成功体験が進む時、ごほうびとして、母子で何かおいしいものを

       飲食して喜びを共有し合うことも、モチベーションアップになるかと思います)

       ここのかっこ書きは、CBT(認知行動療法)の私の発想から追加しました。

       なお、辻井先生は、昨年日進市の障害者自立支援協議会の企画した

       ペアレントプログラム講習会の講師として指導されています。

 

        <全国レベルの活動に>

       上記のアスぺ・エルデの会が考案した「ペアレントプログラム」は
       
苦手なことを叱って無理にやらるのでなく、、努力している行動をほめるこで

       子供の良いところを認めるという「認知の切り替え」が目的だ

       孤立しがちな母親らが同じ悩みを抱えている仲間と相談し合える環境にも

       なる。厚労省などからの補助も受け、県内だけでなく、避難生活などで

       子育て困難な福島県など東日本大震災の被災地でも実施した。

        今は静岡、鳥取、鹿児島むなど全国レベルの活動となっている。

       発達障害が理解されず、虐待を受けていた子供を預かる里親も対象として

       いる。 「子育てに悩む保護者の抑うつ症状の程度か゛軽くなる効果も

       みられた。このプログラムならば、どこでも利用できる」と辻井先生の言。

       問い合わせは同会のHP http://www.as−japan.jp/の

       セミナー申し込みサイトで。

 9月4〜5日 新学期 不安聞かせて   9月1日 朝日新聞より

          9月4日 新学期不安聞かせて    9月1日朝日新聞より

    NPO 「一人で決め行動する前に」

        「聞いているから、いつでも話してね」 子供の悩み相談に電話で応じているNPO法人

    「チャイルドライン愛知(名古屋市)。31日、ひっきりなしにかかる電話にボランティアが

    応じていた。躊躇っているのか、無言のままの時は、時々声をかけながら話してくれる

    のを待つ。 スマホが普及していなかった時代は、夏休みは学校の友人との関係は

    一旦薄れることが多かった。だが、最近はLINEなどで常につながり、気が休まらない

    様子がうかがえるという。毎年この時期は、学校に行きたくない、といった相談が

    増える。 高橋弘恵代表理事は「不安を一人で抱え込まないで」と呼びかける。

    「自殺する子は、一人で決めて一人で行動してしまうのでは。その前に相談して欲しい」

      高橋さんはチャイルドラインのブログで、大人にも「子供が不安や弱さを話せる真に

    やさしい大人でいて」と呼びかけ、「立ち止まったり、弱音を吐いたり、逃げたりする

    ことが悪いことでも、恥ずかしいことでもないのだ、と伝えてあげて下さい」と記した。 

     「学校だけにとらわれないで」   フリ−スク−ル代表は

     新学期に学校に行くのがつらい子供に対し、フリ-スク−ル「学び場」(名古屋市)の

     幸伊知郎代表は、「学校の外には広い世界が広がっている。学校だけにとらわれないで」

     と呼びかける。

     教員時代、「意欲も関心も違うのに一律にやらせる」ことに疑問を感じ、スク−ルを

     立ち上げた。高校を中退した子も、引きこもりしていた子も強制されず、否定されず

     過ごすうち、ゆっくりと元気を取り戻していくという。

     幸さんは、「将来のため」と不登校の子供を学校に行かせようとしがちな親に対しても、

     こういう。「今頑張ることで将来しんどくなることがある。今の子供の気持ちを大事に

     することで、将来が切り開かれていく」

     ◎ 幸代表の見解に対して私が感じたこと

     私自身長い期間公立学校の教職についていましたので、「一律にやらせる」

     とか、「今頑張ることで将来がしんどくなる」など言ってみえることは理解できます。

     一般の公立、私立にしろ、受験目当ての偏差値教育の歪み、学校によっては、生徒の

     人格をないがしろにするような教師権力を振りかざす生徒指導など

     そのような歪みの中でいじめの問題があると思います。

     日進市の近くには管理教育の先進校の3T高があり、実際、その一つの学校に

     入ってメンタル不調になり退学して6年間引きこもった人と知り合いになりました。

     彼は立派に立ち直って、自分と似たような経験をした若者の支援の活動をして

     います。このSさんのような例は、他にも聞いています。かといって、不登校に

     なったからといって、すぐ「フリ−スク−ルの選択肢」を持ち出すことには、

     躊躇します。 幸代表の「今頑張ることで、将来しんどくなることがある。子供の

     気持ちを大事にすることで将来が切り開かれていく」には、Sさんの場合は

     まさに代表の言われるとおりです。しかし、逆に留まることで上手くいくことも

     あるのです。それは、本人のその時の心境、親の日頃の本人、学校との

     対応の仕方、それと学校側がどれだけ誠意をもって対応するのかなど

     総合的に判断すべきと考えます。「今のは子供の気持ちを大事にする」と言って

     みえますが、基本ば的にはその姿勢で対面するのが通例です。

     しかし、不登校の原因が、本人や家庭の甘さなどに起因する場合もあれば、

     いじめとか、学校、担任の指導に問題があって悩んでいたりしますので

     これも色んな角度から検討が必要かと思います。

     なお、今回の記事では、二人の学園代表の方々は、家庭の療育について触れて

     いませんが、思春期の子供さんに対して親御さんが「自由と責任」について

     どう指導しているのか、大人に向かって成長する過程でとても大事と

     痛感しています。メンタルにハンディのある青年たちと接していて、

     いつもそのことを念頭に入れています。