1月30〜31日 自傷 松本俊彦先生執筆
1月30〜31日 自傷 松本俊彦先生執筆
精神科治療学 2017・1月号
特集 「鑑別しにくい精神症状や行動行為をどう診分けるか」より
すでに昨年3月にこの先生の「死にたいの理解と対応」についてブログを書きました。
今回も自殺者のことを念頭に入れて紹介させて頂きます。 筆者は、冒頭で以下のようにこの
「自傷」について忠告しています。自傷、すなわち、故意に自らを傷つける行為は、精神科臨床
において極めて普遍的な行動障害といってよい。というのも、それは、様々な種類と程度で
もって出現する可能性があるからである。またその意図は、自殺を意図するものから、
むしろその反対に自殺念慮を緩和するものまで極めて幅ひろい。従って自殺意図によらない自傷
を「自殺行為」と誤解して、非自発的入院や隔離、拘束などの「ハ−ドな対応」をすれば
深刻な人権侵害はもとより、患者本人の心を傷つけ、余計に自傷せざるを得ない状況をつくり
出す危険性か゛ある。
一方、繰り返される自傷に辟易した援助者が、、自傷の背景にある自殺の意図や念慮を過小
評価してしまえば、悲劇的な事態が引き起こされる可能性もあるとのことです。
私自身リストカットの常習の30才過ぎの女性とNPOで約1年余りカウンセリングをした
ことがあり、その人は、長くパ−ソナリティ障害に苦しんでいました。自傷行為については
通常、精神科医、臨床心理士に言わないようなことも、それを実行する過程、その直前の心理的
苦痛のことも、特に私から依頼しなくても、丁寧に話してもらいました。
日々の空虚感から脱するために、友達と連れ添って繁華街で楽しんだ後に帰宅してぼっとして
いると何か魔物みたいなものが海の深いところへ引きずり込んでいくような苦しさに襲われ
いつものリストカットをすると、もとの自分にかえってすっきりする、そんなことを言って
いました。でも、そのような解離状態のとき、意識が朦朧として、他の部位を切ってとりかえし
のつかない結果になり得ますし、もう一つ睡眠剤のことも話してくれました。
(この記事に関心を持たれている方もみえますのでTVで彼女が知ったことは伏せさせて
頂きます)
2 自傷と自殺の症候学的差異 米国のWalshとRosen の説を引用(筆者等翻訳)
1 行為の意図 自殺において意図されているのは意識活動の終焉であるが、自傷において
意図されているのは、感情的苦痛の緩和や解離状態からの回復といった意識状態の変化
である。
2 身体損傷の程度・致死性・致死性の予測
自らを切ることで自殺した者は、成人の自殺既遂者の1・4%<若年者では0・4%と
少なくしかも大半は頸部を切っており、上肢、下肢を切った者は殆どいない。
身体損傷は、自殺のそれとは明らかに異なる。
但し、注意しておくべきことは、客観的に見て致死性が低くとも、若年者や高年者の
場合、又は人生で初めて自傷を試みた者の場合には、「それで死ねる」と信じ込んで
いることもある。従って、行為の結果や致死性をどのように予測していたかを評価する
必要があるとのこと。
3 心理的苦痛
自殺者の抱える心理的苦痛は深刻で持続的な絶望である。一方、自傷者の抱える心理的
苦痛は怒り、不安、緊張であり、これらの苦痛は間欠的に消長、出没する性質を
もっている。
上記の人の場合自己愛からくる見捨てられの不安、激しい怒り(物を相手にぶっつけ
たり 器物を破壊するなど)
4 状況のコントロール
自殺を試みる者は絶望し、もはや自分には現実の困難な状況をコントロ−ルできないと
感じている。一方、自傷を繰り返す者は、自傷によって気分や対人関係を変化させる
ことで困難な状況に適応できると考えているとの指摘です。
上記の1、3から自傷者は、その行為により一時的に苦痛から解放されることを本人
からしばしば聞きました。本人もいつまても子供みたいなことをしていてはダメと
気づいて一時期には、気の合う若い女性スタッフとストレッチをしたり、
私が少し紹介したCBTにも関心を示しDTR(不適応と思われる思考に発する感情、
行動の記録、描画も加えて)を見せてもらったこともありました。
そしてあるとき、外出から帰宅して自室で休んでいると、いつもの空虚感に襲われて
一瞬リストカットをしようと思ったけれど、認知行動療法のことを想起したらしく、
夜の就寝頃にも関わらず、ピアノを弾き出して気分転換したとのこと。
姉は「うるさい」と怒鳴ったけれど<自身の気分は悪くなかったようでした。
状況判断がずれていて、姉を怒らせたけれど、CBTでいう選択的適応として
評価できると感じ、私はリストカットから抜け出す第一歩として彼女を褒めました。
こういう成功体験の積み重ねがBPDからの脱出への道につながると痛感しました。
(このような事例は他のブログでも述べました)
5 行為による心理的影響
自殺を企図した者は、それに失敗したとき、死ぬことができなかったことを自責し、
気分が悪化している。一方、自傷行為には、行為後に不快な気分は軽減している。
それ故にそれに依存して味をしめ、同じことを繰り返す人が多いのです。
前者の自殺未遂事例では、かって私が心理相談員研修に参加したとき、あるベテランの
保健師の体験談に感動しました。未遂の青年に付き添って父親も来ていた折、
父親は怒っていたとのこと。
しかし、その時彼の職場の保健師が一言 「もうあなたは一人で悩まなくてもいいのよ」
と言うと彼は泣き出し、それを見た父親の心もがらりと変わったと言っていました。
この姉御はだの職場の同僚の一言が彼の心の琴線に響いたのです。
まさに最近しばしば耳にする「RESILIENCE」効果、=失敗しても立ち直る
回復力が発揮された感じでした。