10月24〜25日 抑うつ性パ−ソナリティを持った遷延うつ病者の事例
10月24〜25日 抑うつ性パ−ソナリティを持った遷延うつ病者の事例
平井孝夫先生執筆 「うつ病の治療ポイント」より
認知行動療法を活かしたクライアントの強い自己否定感からの脱却
* 遷延うつ病とは長引いて治療困難のことです。
抑うつ性パ−ソナリティ障害の診断基準(DSM−4−TR アメリカ精神学会より)
1 通常の気分は拒絶、憂鬱、活気の欠如、喜びの欠如、不幸感に支配されている。
2 自己概念は不適切、無価値、低い自尊心などを中心に形成されている。
3 批判的、被害的、自虐的である。
4 思い悩み、心配性
5 他対して否定的、批判的、断定的である。
6 悲観的である。
7 罪悪感や後悔の念を抱く傾向になる。
今回の事例を取りあげましたのは、就労支援の鶴見隆彦先生の失敗から学ぶからの影響を
自身の辛かった事例、また比較的よく自己開示して頂いたことなども想起しつつ、
認知行動療法のこんな活かし方もある。でもクライアントとの対話の自然の流れに
沿っての活用であって、こちらが意図的に使おうとするとその流れを壊してしまうことに
留意しました。
<事例N> 独身女性、28歳
このNさんは、もともと控えめでもの静か、友達付き合いは苦手で静かに読書や音楽を
楽しむというタイプですが、一寸したことで自信を失ったり、自分を責める傾向があり
ました。しかし、成績は優秀だったので、よく学校の先生から「もう少し自信を持ったら」
と言われていたとのことです。
大学は、一流大学に進みましたが、相変わらずこの傾向は変わりません。普通の学生が
遊んでいる時も専攻の英文学の勉強に取り組んでいるという有様でした。大学院に行きた
かったのですが、親に早く働いて欲しいと言われ、就職試験を受けたところ一流の大企業
に受かりました。
ただ社会に出てやっていけるだろうかとひどく不安になっていたらしく、高校時代の
恩師に相談に行きました。恩師は「心配し過ぎだ。君は自分に思っている以上に実力が
あるのだから」と軽く受け流されただけで、彼女の本当の心配は受け止めてくれません
でした。
就職後は与えられた業務を一生懸命こなしたのと、良き上司(彼女の内向的な性格をよく
見抜いて的確に使いこなした)に恵まれたお蔭もあって、二年間は何とか過ごせた
ようでした。
それでもたくさんの人のなかでで用件を伝えたり対人関係で苦労したりと本当に疲れる
毎日だったのです。そんな中で、その敬愛した上司が転勤することになり、一挙に
Nさんは落ち込みますが、つとめて落ち込む姿を見せないようにし、黙々と仕事を
続けました。しかし、新たに後輩の指導を頼まれ自分ののことだけでも精一杯なのに、
しかも最も苦手な指導ということでひどく悩みます。
夜は眠れず、頭は朦朧として希死念慮が浮かびますが、家族に迷惑をかけていけないという
ことで思いとどまります。やっとの思いで会社にいきますが、疲労感、絶望感は募る
ばかりで悶々として眠れない夜を過ごしていたところ、気がついたら手首を傷つけて
いたということがありました。 これを発見した母親はびっくりして、嫌がる本人を
説得して、急いで精神科医のもとへつれていきました。 本人はあまりしゃべらないため
母親が代わって゜会社のことを「多分悩んでいたと思うし、眠れない日が増えていたようだ」
と説明した。そこで一カ月の休養が言い渡され、抗うつ薬や睡眠導眠剤が出されましたが
本人は余り飲まなかったようとのこと。また、休養しても、状態は余り改善させず、
今回の挫折をかなり苦にしているようでした。結局、会社は4カ月休んだ後
辞めることになってしまいました。しばらく家にいたNさん、母親から
「これからどうする」と言われるし自分でもなんとかせねばと思っていたので、仕事を
探しました。幸い英語ができるということで某商事会社に勤めることになりました
ここでも1年ぐらいは何とかよかったのですが、やはり対人関係のしんどさがつのって
きて、再び不眠、憂うつ感、絶望感、集中力低下がひどくなり、それを見た
母親が別の精神科医のもとに連れて行きました。その時も同じように、薬と休養を命じられ
従ったのですが、状態は改善せず、その会社も辞めることになったのです。
再び引きこもることになったNさん、やはり家にいることに罪悪感を感じ、
社会訓練としてある塾の事務員として勤め出し、そのうちに英語ができることから、
「英語を教える」ことを上司から話があり本人は断りたかったのに、その意思を出せず
引き受けた結果苦痛がましたとのこと。
今回も人間関係のしんどさが加わって再びうつ状態になり、また休むことになりました。
精神科医のところへいっても、抗うつ薬を飲んでも全く効果なし。益々絶望して家に
引きこもる日々。
死ぬ以外道なしと考えるのですが、自殺は家族に迷惑がかかるので実行せず。−−
母親は知り合いから平井先生のことを聞き嫌がる本人を連れていきました。
<先生の解説1>Nさんの場合、抑うつ性パ−ソナリティの傾向が強く出ていると思います。
こういう人は、状況に圧倒されやすいだけでなく、意思表示をしないため負担を
引き受けてしまうなど(仕事の負担を断りたいのに)状況をそのものを悪化させ
やすいのです。
しかし、Nさんは、三度挫折に負けず挑戦しているところは立派ですが、治療をいつも
中断しているところが問題です。これは、その時々の精神科医や家族の対応にも
問題があり、彼女の性格だけの問題として片づけられません。
治療に関わる大事なポイントを実に的確に把握してみえます。
治療の見立てとしてよく洞察されてみえます。
(まさに本人にとって窮地に一生を得た先生との出会いです。)
平井先生は本人 と会いましたが、黙して語らずで「いやいや連れて来られたら
そんな気になりますよね。
無理に口を開かなくてもいいですよ」と言った後、本人の形式的許可を得て
母親から事情を聞くことにしたとのこと。と言っても、母親は表面的なことしか
言いません。つまり3回仕事に就いたが、いつも1〜2年でやめてしまうこと、
三回精神科医に通ったか゛、続かないこと、今は自室にこもってやせ細って
いくことなど。本人の内面を聞くと、よくわからないとのこと。そこで先生は「推測で
間違ったら申し訳ありませんが、あなたは相当絶望されて一切の希望はないと考えて
おられるようです。今まで3度も挑戦して挫折したらそんな気になるでしょうし、
また病院にかかってもちっともよくなっていない。それにあなたの苦しい思いを誰も
分かってもらえないのもさらに苦しい、といった連想がわきましたがどうですか」
と聞くと、力なく小さい声で「ええ」と答えました。しかし、それについて聞こうと
思うとやはり沈黙して語らずです。そこで治療者は「とにかくまだ十分全貌が分かった
わけでない。しかしこのまま放っておくわけにもいかない。だからもう一度来て
くれませんか」と聞くと、本人はかすかにうなずきました。
母親は「薬は出ないですか」と聞いてきたので「本人から十分話も聞けないし、
問題点の本質もわかっていないので、出していいかどうかわかりません」と答え
られたのこと。
二度目の外来は余り拒否的ではありませんし、母親も今日は嫌がらなかった」といいます。
それで、先生は、「一人の方がいいですか。お母さんがいる方がいいですか」と
聞きましたが答えられません。先生は直感で拒否ないと感じたので、二人だけで
話し合うことを提案すると彼女は応じました。
◎ この後のことは続編で述べます。